TOUGH COOKIES Vol.76

「もう少しだけ、こうしてて」元カノと過ごした一夜に、知ってしまった彼女の苦悩

SUMI

「あ…起こしちゃいました?」

問いかけにもキョウコの焦点は定まらない。

― 寝ぼけてる。相当睡眠不足だったんだろうな。

キョウコは作業に集中すると、寝食を忘れ徹夜を続けてしまうし、そのかわり一度眠るとまるで子どものように覚醒までに時間がかかることを大輝は知っていた。

「ひとまずちゃんと寝てください。少ししたら起こしますから」

ベッドサイドの灯りを最小にして離れようとしたとき、キョウコが何かを呟いたが聞こえず、大輝はもう一度その顔を覗き込み、耳を寄せる。

「どうしました?」
「…今、幸せ…?」

キョウコの目尻から涙が落ちた。

「…え?」
「…幸せなの?」

濡れた瞳で繰り返され、伸びた腕が大輝の袖口をぎゅっと掴む。そのうちにまたキョウコの瞼が閉じられても、大輝はその場をしばらく離れることができなかった。



眠りが深く落ち着くのを待ってから、大輝はフロントに電話し、医師を手配してもらった。30分ほどでやってきたのは美しい白髪を一つにまとめた女性で、キョウコの首筋や手首、そして瞼の裏をチェックしたあと、大輝の背をバンバンと老齢とは思えない力で叩いて叱った。

「なしてこがんなるまでなんでほったらかしにしとったとね?このお嬢さんは、東洋医学でいうと、気血両虚(きけつりょうきょ)っていう状態ばい。体の前に気力が弱りきっとる。たぶん、悲しかとか、苦しかとか…相当なストレスを抱える出来事があったとやろうに、それを隠してずーっと耐え続けてきたって感じやね」

医師は大輝を、キョウコの夫か恋人だと思ったのか、まるで自分の孫かのように方言のまま叱りつける。宿のスタッフが慌てて「お2人はお仕事の仲間なんです」と訂正したが、医師は納得しない様子で続けた。

「まあ、西洋医学的には、過労による貧血と寝不足ってとこやけん、点滴するほどじゃなかよ。このままぐっすり眠らせて、起きたら何を抱え込んでるのか聞いてやって。このお嬢さんはたぶん、相当我慢強い人じゃろ?」

医師の診断というよりは魔女の予言のようだと思いながら大輝は礼を言い、その後ろ姿を見送ったあと、携帯に崇からの着信があったことに気づいた。寝室のふすまを閉め、キョウコを起こさないように…とバスルームの中からかけ直した。


「あ、ごめん大輝。ずっと電波のつながりにくい場所にいて、今着信の知らせがきた。なんかあった?」

明後日からの撮影現場になっていたログハウスと森が、土地の所有者の事情で使えなくなり、他の候補地で撮影が可能か監督の崇が直接確認に向かい、プロデューサーの宮本も同行していたため、2人とも電話が通じなかったようだ。

キョウコが倒れ、今は眠っていることを説明すると、崇の声色が変わった。医師にも来てもらい、眠れば心配いらないらしいとの診断は伝えたけれど、大輝は“相当なストレス”のことは、なぜか口にすることができなかった。

「すぐに戻りたいけど…今日中にチェックしないと明後日の撮影に準備が間に合わないんだよな」

崇と宮本がいる場所は、宿から車で2時間弱かかる県境らしく、明日も早朝からロケハンがあり、今夜はそのまま近くに宿泊する予定だという。

「申し訳ないけど――今日は戻れない。悪いけど、妻のこと…頼むね。なにかあればすぐに連絡して」

この記事へのコメント

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No Name
黒ともみ、白キョウコという感じだった。
ともみめっちゃ強く出て気持ちいい展開。
大輝は弱っているキョウコに冷静に淡々と。崇はオロオロ。
ともみも大輝も強すぎる、夫妻はどちらもボロボロだなあ。
ストレスなんて誰にでもあるけど、老婆の魔女の予言通りキョウコを放っておいてはいけなさそう。
2026/08/18 06:5015Comment Icon4
No Name
真壁もかなり態度悪いなぁ、でも超スカッとする先の展開が見えてきてるからすごい面白い!
大輝は単に仕事に集中してるだけだろうと思うしキョウコが万が一誘惑しても今更動じないよ!監督の罠かも知れないし…
2026/08/18 05:2213Comment Icon2
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TOUGH COOKIES

SUMI

港区・西麻布で密かにウワサになっているBARがある。
その名も“TOUGH COOKIES(タフクッキーズ)”。

女性客しか入れず、看板もない、アクセス方法も明かされていないナゾ多き店だが

その店にたどり着くことができた女性は、“人生を変えることができる”のだという。

心が壊れてしまいそうな夜。
踏み出す勇気が欲しい夜。

そんな夜には、ぜひ
BAR TOUGH COOKIESへ。

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