SPECIAL TALK Vol.140

~アイドルの夢を諦めた先に、振付師という正解を見つけた~


向いているものを見つめ、アイドルから振付師へ


槙田:私が最初に振り付けをしたのは、実はアイドル時代で、スタッフさんから「振り付けをやってみたら」と言われたのがきっかけでした。グループの中でダンス経験があるのが、私ともうひとりだけで、ダンスが得意なメンバー扱いだったこともあって。

金丸:メンバーの得意なことを押し出すようなプロデュースだったんですね。そういうチャンスがもらえて、槙田さんも奮闘したのでは?

槙田:それが、最初は全然やりたくなかったんです(笑)。

金丸:あれ?

槙田:自分の考え方が幼かったと思うんですけど、「クリエーティブを担当する人は、天才なんだ」という思い込みがあって、「私は天才じゃない。だから無理」みたいな。

金丸:なるほど。でも誰だって、最初の1回をやってみないと、何も分からないじゃないですか。

槙田:まさにそうで、やってみたら楽しかったんです。

金丸:それ、ポイントですよね。やってみて楽しいと感じたら、続けてみようと思えるし、「楽しい」「自分に向いている」と感じていれば、壁にぶつかっても乗り越えようと思える。

槙田:そうですね。最初から楽しいと思えたことは、大きかったと思います。

金丸:グループを卒業してからは、どのような流れで今に至るのですか?

槙田:事務所に残って表に出る仕事をもしつつ、後輩の振り付けもやる、という二足のわらじの状態を2年ほど続けていました。でも、どちらも中途半端だなと思い始めて、思い切ってフリーランスになったんです。そうしたら振り付けの仕事が一気に増えて。

金丸:すごい。フリーランスになった途端にブレイク。

槙田:表に出る活動はうまくいかないし、振り付けの仕事ばかり来るので、「私はこっちなんだな」と。最初は街を歩けないくらいの有名人になりたい、というモチベーションで頑張っていたけど、仕事を続けていく中で、なりたいものと向いていることの違いを理解しました。時間をかけてアイドルの道を諦めていった、という感じです。

金丸:でも逆に言えば、アイドルの道に区切りをつけたから、今の槙田さんがあるわけですよね。しかもアイドルの経験があるから、振り付けをするときも踊る人の気持ちがわかる。それが槙田さんのオリジナリティになっていると思います。

槙田:アイドル時代を振り返ると、いつ頃からだったか、第三者目線で自分たちの活動を見るようになっていて。衣装や曲のテイストをもっとこうしたらいいんじゃないかな、と生意気ながら思っていました。

金丸:じゃあ、もともと裏方というか、提案をする方が向いていたのかもしれないですね。アイドルって、おそらくほとんどはプロデューサーの打ち出した売り方があって、そこをメンバーからの提案で覆すというのは、難しいですよね。

槙田:いろいろなかたちがあると思いますが、自分は受け身で演者をやっていくより、プロデュース側の方が合っているんじゃないかなと、徐々にシフトしていきました。

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