その時、カウンターに置いたともみのスマホが短く震えた。大輝からのLINEだ。
『勇太がもう歩けそうにないので、今、タクシーで家まで送り届けてる。あと20分くらいでSneetの方に向かえそうだけど、待っててくれる?』
『もちろん待ってるよ』と返信し、聞かれてもいないのに、大輝がこちらに向かっていることを伝えたともみに、ミチはしばしの沈黙のあと言った。
「愛している人に愛される。その幸せを当たり前だと思うなよ」
愛している人に愛される幸せ。ともみの脳裏に、ルビーの母、明美の寂しげな笑顔が浮かんでくる。客に呼ばれたミチの気配が遠ざかるのを感じながら、携帯の画面に目を落とすと、24時10分。
― 今日はもう、遅すぎるよね。
明日の朝になったら、今日盗み撮りした、口いっぱいにパンを頬張る、とてもかわいいルビーの写真を明美に送ろうと思った。
◆
「大輝、愛してるよぉぉぉぉぉ。やっぱりオレにはお前しかいないんだ、結婚してくれぇえええ」
深夜の住宅街の静寂を憚ることなく、「今日だけは絶対に一人になりたくないんだよぉぉぉ」と、185cm、120kgのマッチョな体で大輝を羽交い絞めにした勇太を、彼の自宅ベッドの上に転がすことに成功すると(元体育会系柔道部の絞めを抜け出すのは至難の業だ)、大輝は待たせていたタクシーに再度乗り込んだ。
すぐにともみにLINEし、勇太のマンションのある富ヶ谷から西麻布のSneetに向かう途中、渋谷駅を越えたあたりで、大輝の携帯が鳴った。
ともみからだろうと見た画面に表示された名は、宮本啓介。キョウコとの共同執筆で脚本を担当しているドラマのプロデューサーからの、『深夜に申し訳ない』と始まるLINEだった。
『明後日のプロット打ち、僕が30分くらい遅れちゃいそうなんだけど、崇監督と先にはじめてもらえる?少しだけ2人きりでも大丈夫かな?』
昨日、2話までをなんとか書き上げ、崇のOKをもらえたばかりだが、その先の大輝の担当回の内容についても話しておきたいと、崇は、宮本、大輝との3人での打ち合わせを明後日の13時からに設定した。
キョウコは呼ばれていない。つまり崇は、大輝が書く脚本だけを心配しているということだ。
『開始時間を遅らせたかったんだけど、監督が15時までしか時間がないらしくて、後ろにずらせないんだ。申し訳ないんだけど』
崇が大輝の脚本を酷評した脚本合宿でのやりとりを受けて、宮本は大輝と崇が2人きりになることを心配しているのだと思われた。
その気遣いが、情けなく申し訳なくて、大輝は『もちろん大丈夫です』と返信した。するとすぐに、『助かった、ありがとう』と届いて、もう一通が続いた。
『これはお世辞とかじゃなく、僕は友坂くんの書く物語を心から面白いと思っている。確かに粗削りなところもある。でもそんなことよりも、着眼点が個性的で新しくて、ものすごく可能性を感じてる。それは崇監督も同じだと思うんだ。
監督が面と向かって厳しく指摘するのは珍しいんだよ。それだけ友坂くんに期待しているってことだ。世界で評価されてる監督と同じ土俵で戦えているってことには自信をもっていいからね』
人の良さが伝わる宮本のメッセージに、お礼と、がんばります、という旨を打ち返したと同時に、自然と漏れた溜息と共に、大輝は目を閉じた。
― 期待、なのか。それとも…。







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