港区・西麻布で密かにウワサになっているBARがある。
その名も“TOUGH COOKIES(タフクッキーズ)”。
女性客しか入れず、看板もない、アクセス方法も明かされていないナゾ多き店だが、その店にたどり着くことができた女性は、“人生を変えることができる”のだという。
タフクッキーとは、“噛めない程かたいクッキー”から、タフな女性という意味がある。
▶前回:「恋愛感情はないはずなのに…」大人の男女に“何が起きるかわからない”理由
「大輝とはずっと、大人の関係ってやつだったんだろ?」
「…え?」
「オレもそういうのなら…得意だけど?」
ともみの指先を弄ぶようにして、ミチの薄い唇が妖艶に歪む。
「大輝とどっちがいいか…試してみるか?」
鼻先が触れそうなほどに近づいてきた漆黒の瞳に、目を逸らすことは許さないとばかりに捉えられると、ともみは、まるで魔法をかけられたかのごとく動けなくなった。
「ちょ、は、は、なれて」
「ん?」
― なんか、溺れそう…!
ともみは、息も絶え絶えにミチの指先を振り払おうとするけれど、そんなに強く握られているわけでもないのに、なぜかその大きな手の中からすり抜けることができないし、なんだか酔ってしまいそうな心地の良い香りもする。
BARで働くたしなみとして、ミチは香るものを一切身につけないと知っている。まさかフェロモンでも出てるの…!?とパニックの沼にはまり動悸は上がるばかりでおそらく顔も真っ赤だろう。
自分が出会ってきた人間の中で、男女問わずに断トツに色っぽいのは大輝だと思っていたのに。ミチは今までどこにこの気配を隠していたのだろう。そちらに進んではいけないと分かっていながら、抗えずに吸い込まれてしまう。甘い蜜どころではない。この色気は劇薬だ。
「ちょっ、ミチさん…っ!?」
男性的な鼻梁が傾いて近づいてきて、このままでは唇が触れてしまう…!と、ともみがぎゅっと目を閉じた瞬間、低い笑い声がした。
「…?」
指先を包み込みこんでいた熱が離れ、香りも消えた。おそるおそる目を開けると、ミチはもう、グラスを洗い始めていた。
「無責任に男をからかうとこうなる。覚えとけよ」
調子にのった言葉への仕返しだったと気づいても、まだともみの動悸はおさまらない。
「人の色恋に首突っ込むほど、恋愛偏差値、高くないだろ」
「……バカにするなら、帰ります」
「大輝と待ち合わせじゃないのか?」
「……ミチさんってヤバいスイッチがあるんだ。お姉さん方を口説く時は、今みたいにモードチェンジするってことですか?」
「そんな面倒くさいことはしない」
「うわ、なんかヤダ。勝手に向こうが寄って来るってこと?」
「そんなこと言ってないだろ。…まあ、今日の会計は、オレのオゴリってことで機嫌直せ」
子どものようにいなされたことは不満だが、いつもの空気に戻ったことにホッとする。それにしても。
― ミチさんは、危険だ。
ミチの全てを理解していると思っていたわけではないし、ともみには見せない一面があって当然なのに。兄的信頼を置きすぎて、ミチが“西麻布の女帝の番犬”と呼ばれるほどの人だということをすっかり忘れていた。けれど、今はこれ以上深入りせずに撤退が賢明だろう。触れてはいけない熱を掘り当ててはいけない。
知らないミチへの好奇心を振り切って、「じゃあ、思い切り高いお酒をください!」と空になったマッカラン・クランベリーのグラスを返しながら、ふと疑問が湧いた。
「そういえば――メグさんって…今、どんな感じなんですか?連絡とってます?」






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