ミチは意外そうに片方の眉を上げたが、何も言わないまま背後の棚から、紗和子が飲んでいたものと同じ…12年のシェリーオークカスクボトルを手にした。紗和子が飲んだものを伝えたわけじゃないのに。自分の酒の選び方がミチに似てきたのかもしれないと、ともみは、そうならばうれしいと思った。
そこからはいつものように――ともみがミチの手元に見とれる時間になった。ダイヤモンドのように角を落として氷を削り、厚手のタンブラーグラスに隙間なく滑り込ませると、琥珀色のマッカランをその氷の壁に沿うように注いでいく。
バースプーンで静かにステアされる氷がグラスにぶつかる小気味よい音。ウイスキーを冷やしつつ、アルコールの角をとる効果がある、とともみも教えられたその動作がしばらく続いた後、冷蔵庫から果汁の瓶が取り出された。
「クランベリー?」
ともみを見ることなくミチは小さく頷いた。琥珀色に、深紅のクランベリージュース、さらに強炭酸のソーダが注がれると、シュワシュワとはじける泡が、グラスの底から赤を巻き上げていく。
最後にレモンの皮をほんの少しだけ削り落とし、ミチは、「マッカラン・クランベリーだ」と、ぼそっと呟いて、ともみに差し出した。
「ルビーの色、ですね」
琥珀と混じり泡できらめく、ボルドーよりももっと深みのある赤は、まるで宝石のルビーのようで、ともみは思わず呟いていた。
「そういえば、アイツにはまだ出したことはないな、それ」
「ただの赤じゃないとこが、なおさらあの子っぽいです」
照明に透かしながら、今頃クラブで踊り狂っているであろうルビーの、あの色っぽさを想像してしまう。
見た目は可愛くてもウイスキーだからな、と念をおされ、小さく含むと、まずはクランベリーのキュッとした酸味、次に苦みを感じた。それらがマッカランの重厚なバニラ香を引き立て、上品にまとまっているのに、アルコールの強さはしっかりと喉を焼く。
「なんというか…大人の味です」
けれど癖になりそうな味だ。グラスを離した時に唇に残る、ほんの微かなレモンの香りが口当たりを爽やかにし、思わずどんどん飲んでしまいそうになる。
「……聞きたいことがあるんだろ」
来るなと言ったのにそれでも来たってことは…とでも言いたげなミチのその問いに、ともみは頷いた。
「ルビー……ミチさんに、お母さんとのことを話しましたよね?」
「…まあ、な」
「…どこまで話しました?」
ミチは一瞬迷ったようだったが、まあお前にならいいか、と呟いた。
「たぶん、TOUGH COOKIESであったことは全部。ともみに母親を任せて飛び出してきたってことも。アイツ、お前に悪い事したって反省してたよ」
「それで……慰めてたんですね」
「ん?」
いや、あの…と、ともみは、抱き合う2人の光景を生々しく思い出してしまい、ソワソワしながらも聞いた。
「ルビー、お母さんと喧嘩別れみたいになっちゃったことを後悔してたんじゃないですか?お互いにちゃんと話もできなかったし……それをミチさんに相談して、泣き出しちゃったんじゃないですか?」
だから抱きしめてあげてたんですよね、とは言えなかったともみに、ミチは、「あ~それは…」と、言い淀んだ。
「違う、んですか?え……まさか…」
ルビーも、明美の余命を知ってしまったのだろうか。それをミチに相談して泣いた?あんなに明美が隠そうとしていたのに?それはまずいと、カウンターを乗り出す勢いになったともみに、ミチが目を見開く。
「ミチさん、教えてください。ルビーは何の話をしたんですか?」
表情に乏しいことがデフォルトのミチが動揺を露わにするなんて。口を開きかけて、やめたりもしている。うっすらと顔も赤い…かも、しれない。そんなミチは初めてで、ともみの不安は確信めいたものに変わり――それならば仕方がない、と。
― ミチさんなら、あの母娘のために、いいアイディアをくれるかもしれないし。
ともみはミチを共犯にする覚悟を決めた。
「ミチさん、大丈夫です。私も知ってるので」
「…お前も?」
「はい。…その、内緒にしてほしいとは言われたんですけど…いろいろありまして、全てを聞くことになってしまって」
「……聞いたのか…?――全てを?」
はい、と頷いたともみに、ミチが大きく溜息をついて続けた。
「いつから知ってた?」
「明美さんが店に来てくれた日に…話してくれて」
ミチは、また小さく溜息をついてから続けた。
「…オレは応えるつもりはないからな」
「……え?」
応える、って?と思ったともみに、ミチが続けた。
「アイツの気持ちにずっと気づいてやれなかったことは、申し訳なかったけど、オレにとってルビーは一生家族だ。妹だからな」
「……アイツの気持ちって???え、っと……ルビーの気持ち?」
見つめ合う間。そしてミチが先に、ハッとした顔になった。そして2人とも…どうやらお互いが大きな勘違いしていたのだと気づいたときには……もう……時すでに遅し、だった。
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