「最後に一つだけ。質問させてもらっていいですか?」
クレジットカードをアライアの小さなクラッチに戻していた紗和子が、顔を上げる。
「なんでしょう?」
「紗和子さんは、アーティストとの信頼関係を努力して築いてきたと仰っていました」
「ええ、それが何か?」
「それは本当に、信頼“関係”だったんでしょうか?」
「……何をおっしゃりたいの?」
目を鋭くした紗和子の深紅の口紅が、3杯飲んでも全くよれていないことに驚きながら、ともみは続けた。
「信頼関係というものは、相手の才能を尊敬し尊重するから生まれるものだと思うからです。たとえ復讐のためとはいえ――自分が見つけた才能だから奪うのも自分、という選択ができる人を…アーティストが心から信頼できるとは思えません」
全く表情を変えない紗和子を、ともみは真っすぐに見つめ直す。
「アーティストの才能は紗和子さんのものではない。あくまでもそのアーティスト本人のものです。全てが自分の手の内にあって当然のように振舞えるのは、アーティストを尊敬するどころか、自分の人生の駒だとしか思っていないからだと感じます」
◆
「なんか今日は、氷の地獄の夢を見ちゃいそうでイヤだなぁ」と舌を出したルビーが、紗和子が去ったTOUGH COOKIESで、グラスを拭く手を止めた。
「紗和子さんって超パワフルな人だよね。怒りとか恨みを形にするって激しく疲れちゃいそうじゃん」
復讐なんて無理だな、アタシには、と呟いたルビーをともみは飲みに行かないかと誘ったが、今日は友達とクラブに行く約束してるから、と残念そうに断わられてしまった。
時刻は22時半。紗和子が帰ってすぐに開いた大輝からのLINEには、失恋した友達(ともみも紹介されたことのある大輝の親友の勇太)に呼び出され、今夜の帰りは日付が変わるかも、と書いてあった。
帰る時に連絡してね、と返信したが、大輝にもルビーにもなんだかフラれてしまった気分だ。
― しばらく来るなって言われちゃったけど…。
ミチからの連絡で、松本公子がウロウロしている可能性があるから、Sneet界隈には近づかない方が良いと知らされていはいたものの、今日はこのまま帰る気にはなれなかった。
とはいっても、ともみには他に気兼ねなく1人で行けるBARなどない。自慢ではないが、1人で酒を飲む店に行けば必ずと言っていいほどナンパされてしまう面倒くささがあるのだ。
― もう、いいや。
松本公子。どうせいつかはケリをつけなければいけないと思い始めていた相手だ。会ってしまったのなら逃げずに覚悟を決めればいい、と半ば投げやりになるくらいは、紗和子に何かを吸い取られたかのように、ともみは参ってしまっていた。
― ルビーが、明美さんのことをどこまでミチさんに話したのかも気になるし。
そういえば数時間前、抱き合うルビーとミチを目撃しているのだ。今日は何かと強烈な一日だったと思いながら、ともみはSneetのドアを開けた。
「…は?」
柄にもなく声を出したミチに、ともみは笑ってしまった。来るなって言ったろ?という視線を投げられながらも気にせず、ミチの目の前のカウンター席に陣取る。
「今日は…ウイスキー…マッカラン、のカクテルにしてみようかな」
紗和子が飲んだマッカランの銘柄はSneetにも置いてあるはずだが、ともみはストレートを楽しめるほどの通ではない。けれどともみの好みやアルコールへの耐性を知り尽くしているミチなら、きっと美味しく調整してくれるはずだ。






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