「大丈夫、こっちが早く着いちゃっただけだから。ねえ市子ちゃん、それより一階のベーカリーのラインナップ見た!?もう、もう、全部食べたいよねぇ!」
すっかり興奮状態の早紀ちゃんは、子どもみたいに落ち着かない様子で顔からワクワクをだだ漏れにしている。
いつもはおっとりしている早紀ちゃんが、ここまで興奮してしまうのも無理はない。ずっと来たかったこのベーカリーの今日の予約は、早紀ちゃんの旦那さんが一生懸命ツテを辿ってようやく確保してくれたものなのだ。
こうして週末にしょっちゅうお子さんを預かって友達とのランチに送り出してくれるなんて、早紀ちゃんはなんて旦那さんに大切にされているのだろう。
双葉ちゃんだってそうだ。
「これから注文するところだよ。私たちはこのランチにするつもり。市子は?」
そう言ってメニューを差し出す双葉ちゃんは、窓から差し込む光の中で、まるで清涼飲料水かなにかのCMの女優さんみたいに微笑む。
もともと超がつくほどの美人だけれど、最近の双葉ちゃんは会うたびにみるみる綺麗になっていくみたいだ。
昔のキリッとした感じからふんわりと優しい雰囲気になったのは、やっぱり、「ようやく素直に気持ちを認めることにした」と頬を赤らめて教えてくれた年下の彼との国際恋愛のおかげなのだと思う。
― ふたりとも、すっごく幸せそう。いいなぁ…。
籠盛りのパンとスープのランチを注文しながらぼんやりとふたりを羨んでいると、「そうそう」と言いながら、早紀ちゃんがエルベシャプリエのトートバッグの中から袋を取り出した。
「初夏の新メニューにしようと思ってる、ビールに合うシリーズの塩レモンのクッキーなの。ぜひいつもみたいに忌憚なき意見をちょうだい」
私と双葉ちゃんにそれぞれ差し出されたのは、クッキーの試作品だ。
市販品のように均等な形だけれど、どこか手作りの素朴さも感じられて、ラッピングにまで丁寧なセンスが行き届いているのが早紀ちゃんらしい。
「菜奈は甘いクッキーしか食べないし、六郎さんは何食べても美味しいとしか言わないから、参考にならなくて。いつもこうして研究のためのパティスリー巡りにも付き合ってくれて、市子ちゃんも双葉もありがとね」
「こっちこそ、いつも早紀ちゃんのクッキー試食させてもらってありがとう!役得だよ〜」
「そうだよ、早紀のおかげでいっぱい美味しいベーカリー知れて助かってるし。ハリーは甘いお菓子も好きだから、ここのお菓子もお土産に買って帰ろうと思ってるんだ」
「あっ。ハチ公さんと市子ちゃん用にはちゃんと、甘いやつも入ってるからね。梅とコムハニー」
「えー、美味しそう!それにしても、ビールに合うクッキーのヒントをくれたのが双葉ちゃんの彼だったなんて、何度聞いても本当にすごい偶然だよねぇ…!」
「本当。ハチ公様様だよ」
早紀ちゃんが先月から始めたクッキーのネットショップは、甘いクッキーが美味しいのはもちろん、ビールやウイスキーに合うおつまみクッキーが大ヒット中なのだ。
芸能人やインフルエンサーの間でも話題になり。今では入手困難になるほどのクッキー。その誕生のきっかけが、日本語を勉強するために“ハチ公”という名でThreadsを徘徊していた双葉ちゃんの彼氏・ハリーのアドバイスだった…というのだからビックリしてしまう。
「まあ、ハリーっていうか、私が辛党だったおかげかな!」
「もう、照れちゃって。はいはい、双葉様様だね」
「本当に世界は狭いねぇ」
早紀ちゃんと双葉ちゃんと一緒に食べる焼きたてのパンは、パン・ド・ミも塩パンも、レーズンブレッドもブリオッシュも、うっとりするくらいに美味しい。
ひとかけ口に放り込むと、胸をくすぐるような麦の香りと甘いバターの香りが胸いっぱいにひろがって…さらに女同士のおしゃべりを付け合わせれば、幸せそのものの味になる。
そう。夢みたいに美味しいパンは、寂しさなんて幸せで包み込んでしまうのだ。
だから私は、たとえこのテーブルで私だけがひとりぼっちでも―――。
ぜんぜん、寂しくなんてない。







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以前はボリードやらバーキン出してきた東カレで…