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今夜、罪の味を Vol.13

「考えさせて」と彼に突き放されて3週間。深夜の呼び出しで知った、男の本音とは

有栖川匠

「ごめん」

あの夜。運転席の豪くんは、悲しい顔で下を向きながらそう言った。そして少しの沈黙の後…小さな声で続けたのだ。

「少し、考えさせてほしい」

と。


いつまでも深夜の初詣から戻らない私を心配したのだろう。父が玄関のドアから出てくるのが見えたことで、その場はすぐに解散になった。

「また連絡する」

これだけ時間が経ってしまうと、豪くんが去り際に運転席の窓からそう言ってくれたことが、夢だったようにも思えてくる。

もしかしたら、夢だったのかもしれない。豪くんのことが諦めきれない私の、悲しくも都合のいい夢。

― やばい、泣きそうかも。

みじめさで、深い穴のような悲しみに吸い込まれそうになる。慌ててふとんを跳ね除けて、心の中で唱えた。

― ダメダメ!眠れない夜に必要なのは、涙じゃなくて熱い出汁でしょ。今の私は、それを知っているじゃない。

パジャマを脱ぎ捨て、ゆったりとしたバレルデニムに履き替える。ウールのニットにテディコートを重ねる。また深夜のおでん屋さんへと出かける準備だ。

温かいものをお腹に入れれば、きっと元気が出るはず。

そうしたら…そうしたらまた、夜の勢いに任せて豪くんにメッセージを送るのだ。

― そうだよ。少なくとも、ブロックされてないってことは分かったんだし。さすがに3週間も待たされてるんだから、こっちから1回くらい連絡したって全然…。

最低限の身支度を整えた私は、そうやって自分を鼓舞しながら、ベッドに放り出していたスマホを拾い上げる。

そして、何気なくタッチした画面に目をやり──「えっ!」と小さな悲鳴をあげた。

だって、今はもう深夜の1時だというのに。

少しのあいだ目を離していただけなのに。

『市子、まだ起きてる?』

私のスマホには、そんな豪くんからのメッセージが届いていたから。


おでんを食べるために身支度を整えた私は、だけど結局、お店には行かないことにした。

出かけるのをやめたわけじゃない。行き先が急遽、変更になったのだ。

『酒と麺 タイノタイ』

深夜の3時まで営業しているというその店は、私の家から10分少し歩いた池尻大橋にあった。

どうやら海鮮居酒屋らしいけれど、カウンター席もありスタイリッシュで洗練された雰囲気で、いかにも豪くんに似合う感じがする。

ほんの15分前。

『起きてるよ』

胃と心臓が握りつぶされそうな感覚に負けじと、すぐにメッセージにそう応えると、豪くんからの返事もすぐに返ってきた。

『こんな夜遅くにごめん。もしよかったら、今から会えないかな。市子には、会ってちゃんと説明したくて』

そうしてここに呼び出され、私は今1人でお店の片隅のテーブル先に座っているのだった。

― 説明、かぁ。

その事務的な言葉の響きから、話の内容はうっすらと推察できた。まだ好き、という気持ちには、“説明”という響きはあまりにも事務的すぎる。

「すみません。私、お酒飲めなくて…。ジンジャーエールをいただけますか」

店員さんにソフトドリンクを注文しながらふと、クリスマスの頃に夜の新宿で見かけた女の子の姿を思い出す。

勇気を出してLINEした日、夜中までお鮨を食べていたという相手は、なんとなく彼女が相手なような気がした。

お酒が飲めない私を居酒屋に呼び出すことにも、きっと意味があるのだろう。意味というより、説得力みたいなことかもしれない。

でも…。

『市子には、会ってちゃんと説明したくて』

豪くんが私に対して誠実でいてくれることは、やっぱり清々しいような気持ちだ。

外には真っ暗な夜が広がっている。店を出てしまえば、帰り道の涙は誰にも見られない。

― せめてお店にいるあいだは、絶対泣かないようにしなきゃ。

運ばれてきたジンジャエールを一口飲みながらそう決意した時、入口から豪くんが駆け込んでくるのが見えた。

「ごめん、待たせちゃった。十番からタクシーで飛ばしてもらったんだけど」

「あ…ひさしぶり」

豪くんは、緊張で硬くなった私の挨拶を無視したまま、慌ただしく私の向かいに座る。そして席につくなり、大きな声で信じられないことを言ったのだ。

「すいませーん!真鯛旨塩ラーメン、ふたつお願いします!」

張り裂けそうな切ない気持ちを抱えていた私は、思わず素っ頓狂な声を上げる。

「え?ラ、ラーメン?」

「ごめん、勝手に注文して!でも市子、20時以降食べないっていうのやめたんだよね?」

「う、うん。実はさっき連絡もらった時も、1人でおでん食べに行こうと思ってたくらい」

想像していたのとはまったく違うとぼけた会話に、調子が狂う。けれど豪くんは、そんなことは全く気にならないらしい。

「おでん!?こんな深夜に、市子が?」

そう言いながら目の前で、わっはっは、と大声で笑い出す。その表情はまるで、ずっと欲しかったプレゼントをもらった子どもみたいだ。

もしかしたら、けっこうお酒を飲んでいるのかもしれない。

心配と同時にほんの少しだけ腹立たしいような気もしたけれど、ひとしきり笑い終わった豪くんは、お冷で喉を潤したかと思うと、サラッと口にするのだった。

「いや、そっか。よかったよかった。実はさ、付き合ってた頃は言ってなかったんだけどさ。どーーーーしてもここのラーメンを市子と一緒に食べてみたかったんだよね」

そう言われて悪い気がしないのは、いわゆる、惚れた側の弱みというやつなのだろう。

軽くて甘い物言いに、豪くんのことを好きになった高校時代のことが蘇る。

「いいね。廣田さんと結婚したら楽しそう」

卒業文集に「将来の夢:結婚して幸せな家庭を築くこと」と書いた私に、嫌味なくサラッと言ってくれた豪くん。

あの頃から全然変わっていないこの人が、私はやっぱり、どうしようもなく大好きなのだ。

この記事へのコメント

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No Name
先週の予告で今日は双葉とハリーの話だったけど変わったんだね。しかも突如LAでラーメン屋やるとか予想だにしない展開に困惑.....
2026/02/09 05:267
No Name
韓国だアメリカだって海外移住を絡め過ぎw
2026/02/09 06:055
No Name
ロスでラーメン屋🤔 自分の店を立ち上げてとなるとかなりの投資額を示さないとビザ下りないし軌道に乗るまでは恋愛どころじゃなくなる。市子の部屋で最後の夜を過ごすのだろうか?! 
2026/02/09 05:454
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