港区・西麻布で密かにウワサになっているBARがある。
その名も“TOUGH COOKIES(タフクッキーズ)”。
女性客しか入れず、看板もない、アクセス方法も明かされていないナゾ多き店だが、その店にたどり着くことができた女性は、“人生を変えることができる”のだという。
タフクッキーとは、“噛めない程かたいクッキー”から、タフな女性という意味がある。
▶前回:六本木の雑居ビルでの忘れられない夜。最悪の出来事が運命の出会いに繋がった瞬間とは
8年前の夏・六本木/西麻布の女帝・光江とルビーの母・明美の出会い
「あ~あ、どこの坊やだい、うちの番犬にケンカを売っちゃったバカは。狂犬になる前にとっとと逃げた方が、アンタたちのためだと思うけどね」
低い声で登場したその女性は、目の下に傷のある男性と、その背に庇われている明美を一瞥もすることなく追い越すと、3人のホストたちを、ふーん、と品定めするような口調で続けた。
「アンタたち3人とも目も鼻も、そっちの坊やは顎もだね。大金をつぎこんで作り替えたお顔が、ボロボロになったら困るだろ?」
そっちの坊やと呼ばれた銀髪が、慌てて顎を手で覆い隠した。地面に転がったままだった彼を、黒髪が抱きかかえるように立ち上がらせ、そのまま2人で後ずさりしていく。
「あ?なんだよ、このやたらとド派手なバアさん。おばあちゃんは、もうそろそろ、おうちでねんねする時間じゃないんですかぁ~?なぁ?」
同調を求めた金髪ホストが下卑た笑いで振り返った時には既に、銀と黒はエレベーターに逃げ込んでいた。おい、お前ら待てよ!と響いた金髪の声を断ち切るように扉が閉まり、2人はみるみる上昇していく。
目の下に傷のある男性の大きな背に庇われ、ようやく震えが落ち着いてきていた明美にも、今登場した女性は、金髪の言う通りに「おばあさん」であり、「派手」にも見えた。けれど。
― 身に着けているものは…。
縦にも横にも迫力のある体を包み込みこんで輝くボルドーのロングドレスは、ただのサテンではなくシルク。しかもかなり上質な。
国内外の要人も訪れる老舗料亭で育った明美は、祖母や母から、料理の素材だけではなく、日常品から芸術品に至るまで、その価値を正しく判断し、“本物“を見極められるようにと、知識を叩きこまれるようにして育った。
だからわかる。ドレスだけではなく、耳たぶや首元で光るアクセサリーも、この女性が身に着けている全てが超一級品で、選ばれた人だけが手に入れられるものだ。
「おばあちゃん扱いしてくれるつもりなら、その口の利き方はなおさら宜しくないねぇ。お年寄りには優しくしなさいっていうのは、世界中の常識だろうが」
威勢がいいのもほどほどにしないとねぇ…と女性は金髪にずんずんと近づいていく。
ビルの床を鳴らす足音には重厚感があり、マキシドレスの中に隠れているのは太目のヒールだろうか。175cmほどありそうな金髪ホストと並んでも引けを取らないばかりか、女性の方が大きく見えた。
「クソガキが。この街で生き残るためのルールを一つ、教えてやるよ」
ドスの利いた、けれど楽しそうでもある声。金髪がヒッと小さく息を飲み、腰を抜かしたように尻もちをついた。明美からは女性の背しか見えず、その表情は分からないのに、なぜか背筋がゾクッと震えた。
はぁ~とため息をついて、「年寄りをしゃがませるもんじゃないよ。最近は膝の調子もよくないっていうのに」と、金髪と同じ目線になった女性の横顔が見えた…と明美が思った瞬間、その赤い唇が、にぃっと動いた。
金髪は遠目にも分かる程に怯え、その目尻に涙が浮かび、頬を落ちていく。あらあら、とその涙を拭った女性の指は年齢を物語ってはいたけれど、爪先には上品な光沢のボルドーのネイル。薬指には巨大な緑色の石…おそらくエメラルドの指輪が嵌められている。
キレイ…と明美が見とれた瞬間、いいかい?と、声が響いた。
「小者は小者なりに、自分の器を知って分をわきまえること。逃げてった2人の方がよっぽどおりこうさんだったってことさ。この街ではね…噛みつく相手を間違えちゃ絶対にダメだ。じゃないと…」





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