港区・西麻布で密かにウワサになっているBARがある。
その名も“TOUGH COOKIES(タフクッキーズ)”。
女性客しか入れず、看板もない、アクセス方法も明かされていないナゾ多き店だが、その店にたどり着くことができた女性は、“人生を変えることができる”のだという。
タフクッキーとは、“噛めない程かたいクッキー”から、タフな女性という意味がある。
▶前回:「気づいたら好きになってた…」“妹みたいな存在”から抜け出せない23歳の切ない片思い
Customer 7:小酒井明美(こさかいあけみ・44歳)/娘を捨て恋人と暮らす母親
「ルビーは、中学を卒業してすぐに、この辺り…西麻布や六本木あたりで働くようになって。あの子は、実年齢よりはかなり大人びて見える子だったので」
と、ルビーの母親、小酒井明美はハンドバッグから携帯を取り出して操作すると、ともみに1枚の写真を見せた。
背が高い制服姿の女の子が、人の良さそうな高齢の女性の肩に手をまわし、何がそんなに面白かったのか大きく口を開けて笑っている。
「ルビー、ですね」
「はい、中学の卒業式の日の写真を…良い写真だからって、施設の方がこっそり送ってくださって」
写真は何枚もあるようだった。見せてもらっても?と聞いたともみに、明美がもちろん、と携帯を渡す。
同じ制服を着た女の子と2人でギャルピースをした、自撮りのようなアップの写真や、集合写真などを数枚スワイプし、ともみは少しホッとした。
― 自然に笑ってる。
自暴自棄に生活を荒らしても仕方のない環境で育ち、内に沢山のものを抱え込んでいただろうに、ルビーの笑顔は大きかった。集合写真ではいつも真ん中にいるし、幼い子供たちに懐かれ、取り囲まれている様子からも、ルビーがこの施設でいかに愛され、人気者だったのかが伝わってくる気がした。
― でも確かに、今とあんまり変わらないな。
くりくりのロングヘアーに褐色の肌。大きな瞳やぽってりとした厚い唇という外国の血を強調するその特徴以上に、制服が似合わない…と気になってしまうほど、大人びていて、今より妖艶に見えるくらいだと言ったら、ルビーは怒るだろうか。
「ありがとうございます」
ともみが携帯を返すと、明美は画面から目を離さぬまま言った。
「これが、私が持っているルビーちゃんの写真の全てなんです。この頃、症状がようやく好転し始めて、お医者さんからも薬を減らしてもいいと言われて。写真を受け取っても大丈夫だろうと」
「それまで…写真もダメだったんですか?」
力なく頷いた明美に、ともみはやるせない気持ちになった。明美は愛した男…ルビーの父親に裏切られて以来、父親に似ているルビーをみるとPTSDを発症するようになった。幼い子どもが成長していく、その様子を写真で受け取ることさえ、この人はできなかったというのか。
明美の症状が落ち着いたのは、ルビーが中学3年生になった頃で、このままいけば一緒に暮らすことも可能になるかもしれない。そう診断され、明美はルビーに約2年ぶりに施設に会いに行くことができたのだという。
でも、もう、遅すぎたんですよね、と弱々しく明美は微笑んだ。
「お医者さまが別室で待機してくれていましたけど、ルビーちゃんと会っても発作は起こらなかった。私はうれしくて、うれしくて、一緒に暮らせる日を夢見て、希望を持ちました。
でもそこで、ルビーちゃんに……」
明美はぎゅっと唇を噛んだ。
「もう連絡してこないで、と言われてしまって。高校には行かない。自分で働いて暮らしていくし、自立するって。仕事のあては見つけたからって。……まだ14歳だったのに…」
「その仕事が、西麻布、だったんですか?」
ともみの問いに明美は、薄い唇をさらに固く結んでから、続けた。





この記事へのコメント
いいところで終わるなぁ光江さん登場して続きは来週…
手招きなんてされたら。明美さんよく恋におちなかったね🤣
文章表現があまりにも鮮やかで、読みながら頭の中に情景が自然に浮かぶ。 ミチ ( 登場人物全員だけど) のキャラは常に一ミリもぶれず一貫していてお見事!