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TOUGH COOKIES Vol.47

「気づいたら好きになってた…」“妹みたいな存在”から抜け出せない23歳の切ない片思い

SUMI

「母が遺産を少しだけ残してくれていました。でもアメリカの弁護士さんへの支払いもありましたし、近いうちにそのお金も尽きてしまう。職を探すのはもちろんなんですが、ルビーちゃんと生活していくための補助制度などを知るために、区役所の方に相談に行きました。そしたらその後、児童相談所の方が訪ねてこられたんです」

頼れる身内はおらず、いつ倒れるかわからない重度の精神疾患。それにより経済的安定も見込めない、ということから、当時の明美には、ルビーを守り、安全に育てていくための育児能力がなく、むしろルビーを危険にさらしてしまう、というのが、児童相談所にの最終的な判断だった。

「相談所の方は、私のお医者さまにも意見を聞かれた上で、当時の私には、ルビーちゃんを安全に育てることができないと判断されました。そして言われたんです。一緒に暮らしたいあなたの気持ちは十分理解している。あなたが愛情のない母親だとは思いません、でも、例えば、あなたが火を使っている時に発作が出て、火事になったらどうしますかと。あなたはお子さんも危険にさらすことになるんですよ、と。そして、あなたが倒れる度に、娘さんには恐怖が芽生えて育っていきます。いつお母さんがパニックになるのかわからず、怯える状態が続くということにもなると思います。それは幼い娘さんの心に負荷をかけ続けることで、健全な家庭環境だとはいえないのです、とも。

娘さんのためを思うなら、今はまず、あなたの病を治すことを優先しましょう。一緒に暮らせる日を目標にしてくださいと。それまで私たちが責任をもってお預かりしますから、って…」

口調はとても優しかったんですけどね、と明美は目を伏せた。

「ルビーちゃんが施設に入る日に、入院先から会いに行ったんです。でもたぶん私が…ルビーちゃんと離れることが怖くて…相当よくない状況だったんでしょうね。今ルビーちゃんの前で私が発作を起こしてしまうと、それが今度はルビーちゃんのトラウマになってしまう可能性もあるのだからとお医者様に諭されて……。直接会うことはできませんでした。

だから、施設の方に相談して……遠くから…ルビーちゃんが施設に入っていく姿を見送ることしか…」

その後明美は、入院したままという状態の中でも、なんとか日本で裁判を起こしたが、アメリカ全州の記録は調べ上げることはできておらず、離婚歴の有無を証明することができなかった。その結果、重婚の証拠も出せずに敗訴。再度訴えるには、アメリカでの再調査が必要となるが、もう資金は底をついていた。



敗訴の数か月後、医師から退院を許された明美は、小さなワンルームのアパートで独り暮らしを始めた。ルビーとの面会は月に一度、しかも医師の付き添いが必要と定められていた。

「施設に手紙を送りたくて想いを書こうとすると、文字が書けなくなったり、別れた頃のルビーちゃんと同じ年頃の女の子を見て動けなくなってしまったり。ルビーちゃんに会えたのは私の状態が良いときだけでした。施設の前まで来て状態が変わって、今日はダメだと判断されたこともあります。そんなことばかりを繰り返してしまって……だからずっと…本当にルビーちゃんに申し訳ないし、情けないです」

それでも、明美は諦めていたわけではなかった。

ルビーと暮らすためには、まずは安定した職が必要だと、得意の英語を活かして翻訳の仕事についた。雇い主にも自分の体調が万全ではないことを話し、ならばリモートでの仕事で、と受け入れてもらえたのだ。

けれど皮肉にもその「得意な事」が今度はトリガーとなってしまう。イギリス人作家とのリモート会議で発作を起こしてしまったのだ。年齢が別れた当時のルビーの父親に近かったことや、英語のアクセントや声のトーンが似ていたのではないかと医師に診断され、英語の仕事からは離れなければならなくなった。

好転したかと思えば後退する。まさに一進一退を繰り返す症状に合わせればできる仕事は限られていて、今日まで様々な職を点々とし、居を移してきたのだという。東京ではなく地方で暮らしたことも1度や2度ではないらしい。

「それでもルビーに会いには行かれていたんですよね?」
「ええ。ルビーちゃんが小学校を卒業する頃から、会うことを拒否されることも多くなっちゃって…会える時は、ですけど。今は、宮城に住まいを移してから、もう1年近く経ちました」

なぜ宮城に、ということも聞きたかったが、ともみには先ほどから気になることがあった。

― なぜルビーは…。

明美が男性を選んで自分を捨てたと思っているのだろうか。確かに、ルビーの父親と恋に落ちた経緯を聞く限り、恋愛体質ではあるのかもしれない。けれどルビーと離れた理由は、明美が病により職につけず不安定で、ルビーを危険にさらす可能性があったからなのに。

自分といることで母親が発作を起こすという事実は幼い子どもにとっては酷すぎる。だから本当の理由を告げられなかったとしても、その事情は分かるけれど…と問いかけようとしたとき、明美が先に口を開いた。


「ルビーちゃんはともみさんから見て…どんな女性でしょうか?」

穏やかな微笑みに、ともみは疑問を飲み込んだ。そして、「表す言葉が多すぎて迷いますね」と、表現を探していく。

「誰かのために本気で泣くことができる、愛に溢れた人です。私も何度も助けられて、甘えさせてもらっています。私より随分年下ですけど、困った時には必ず助けてくれる、包容力のある人でもあります。とにかく本当に…優しい、優しすぎる人です」

人を嫌い、恨んで憎み、社会への復讐を考えたとしても仕方がないほどの過酷な環境で育ちながら、なぜ彼女は、あんなに真っすぐに光の方へと生きていくことができているのだろうと、今日改めて、ともみはとても驚いている。

そうですか…と明美は今日一番の笑顔を見せた。

「ルビーちゃんがそんなに素敵な女性になれたのは、きっと光江さんのおかげです。光江さんに出会わせることができた。それだけが……私があの子のために、してあげられた、唯一のことかもしれません」


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この記事へのコメント

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No Name
ルビーは何歳まで施設に居たんだけ? その後光江さんが親代わりに育ててくれたって事なのか。
って事は最後ルビーの父を光江さんが呼んで来そうな予感。
2026/01/20 05:4516Comment Icon1
No Name
ルビーには本当に心の優しい人と幸せになって欲しいです。 そうなるとミチになっちゃうか♡ もしミチが無理だったとしても....
2026/01/20 07:0412
No Name
血の繋がった自分の子供の養育費なのに、金無いから無理払えないって.....
明美さんがその時既にルビーを一番に考えていたならDNA鑑定で親子関係を明らかにした上で養育費を請求するとか出来なかったのかなと。ハーグ養育費条約により国際弁護人不要で手続きも無料で出来るケースも多いのに。
2026/01/20 07:0911Comment Icon6
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TOUGH COOKIES

SUMI

港区・西麻布で密かにウワサになっているBARがある。
その名も“TOUGH COOKIES(タフクッキーズ)”。

女性客しか入れず、看板もない、アクセス方法も明かされていないナゾ多き店だが

その店にたどり着くことができた女性は、“人生を変えることができる”のだという。

心が壊れてしまいそうな夜。
踏み出す勇気が欲しい夜。

そんな夜には、ぜひ
BAR TOUGH COOKIESへ。

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