もしかしたら正輝の方も、あのあと萌香ちゃんとゆっくり話す機会があったのかもしれない。
一度だけいつものノリで食事に誘われたけれど、私が断ると正輝の方もすぐに了承してくれた。
『正輝:俺たちもう、今までみたいに連絡取り合うのはやめにしよう』
正輝からのそのメッセージが、私たちのトーク画面上での最後のやりとりだ。
あまりにも寂しいけれど、でも…。
今はちゃんと、「これでよかったんだ」と思えていた。
大人になってから、どれくらいの密度で「友人」と呼べる存在に会っているだろう?
週1?ううん、そんなに頻繁じゃない。
月1?それくらいは会っているけれど、いつも同じメンバーと…というわけでもない。
美味しいものを食べに行ったり、昔話で盛り上がったり、仕事の近況報告や相談をしたり。そういうことを、色々なジャンルの友人たちと、メンバーを変えて会っている感じ。
もう少し若い20代前半のころは毎週のように会う友人たちもいたけど、結婚や出産のステージにいる子も増えてきた今、すっかりペースは落ち着いてしまった。
そんななかで正輝と私は、男女がどうこうという以前に、仲が良すぎたのかもしれなかった。
だって正輝とは、美味しいと感じるものも、そこに出せる予算も似ている。
どれだけ話しても尽きないほどの、共通の昔話がある。
仕事もずっと一緒だったから、悩みを話せば愚痴で済まずに解決するし、近況報告をしあうだけでお互いに成長できる。
友人としたいすべてのことが、正輝がいれば事足りるのだ。
だから、必然的に友情の密度は濃くなっていって…。
だから、正輝は私の親友で…。
だけど───。
正輝は男で、私は女で。
それだけは、どうしたって変えられない事実だから。
大人になってから、女友達ともそれほど会えていないのが普通なのだ。それなのに男の正輝と会い続けるのは、どうやら世間がゆるしてくれないらしい。
そういう価値観が正しいのか、マジョリティなのかどうかは、私にはわからない。
だけど世間がどうあれ、お互いのパートナーが嫌だと思っているのだとしたら、それはタブーであるのに違いなかった。
「…うーん。やっぱり新宿の他に、横浜の物件も探してもらおう。市場調査もまずは自分で頑張らなきゃね」
仕事に戻り、ひとつひとつ思考をまとめていく。スマホは、デスクに伏せたままで。
諸々の作業を済ませて一旦切り上げることにした私は、大きくひとつ伸びをする。
気がつけばもう、時刻は24時近くになっていた。
今から帰ったらもしかしたら、秀治と同じくらいのタイミングかもしれない。缶ビールでも開けて、秀治にぴったりとくっついて寝ようと思った。
スタジオの鍵を閉め、恵比寿の街を駅方面へと歩く。
途中、秀治とよく行った深夜営業のカフェが閉店してしまっているのが見えて、思わず情けない顔で笑ってしまった。
”ずっと”、なんて無い。
そう、街に言われているような気がして。
― 年末の同窓会とかでは、大人数で会えるかな。
薄暗い街灯が照らす夜道で、正輝のことを考えた。
もう2人で会えなくても、正輝が私の親友であることに変わりはない。
もう、今までみたいには会えない。そんなことよりも、正輝に誰よりも大切にしたい人ができたことが嬉しかった。
萌香ちゃんみたいな素敵な子は、そうそういるもんじゃない。正輝と萌香ちゃんにはいつも笑っていて欲しかったし、幸せになってほしかった。
そう。2度と会えないわけじゃないはずだ。同窓会や、共通の友人と大勢でなら、世間だってゆるしてくれるだろう。
そういう場でひさしぶりに会って、「新店舗出したんだよ」と伝えたら、正輝はどんなに喜ぶだろう?
もしかしたら正輝の方からも、「萌香ちゃんと結婚することになった」とかいうニュースがあったり…。
― うん。そういうのも悪くないよね。
そんなふうに楽しい空想をしていた、まさにその時だったのだ。
薄明かりの中。
ホテルに入っていく、小柄で細身の男性と─────萌香ちゃんの姿を目撃してしまったのは。
▶前回:「もう会うのやめよう」突然届いたLINE。30歳男が動揺の末に出した結論とは
▶1話目はこちら:「彼氏がいるけど、親友の男友達と飲みに行く」30歳女のこの行動はOK?
▶Next:9月8日 月曜更新予定
正輝と萌香の幸せを祈る莉乃。それなのになぜ、萌香は正輝ではない男と…?
この記事へのコメント
そういう態度が信じられない。9年もよく耐えたなぁ秀治さん。
なんか極端だなぁ〜それこそナンセンスだと思う。