「そりゃ、オレとともみはただの仕事仲間だから、お互いカッコつける必要はないし、だからオレにとってアイツはわかりやすいんだよ。
でもともみは、大輝には恋愛っていう厄介で複雑な関係性を求めてるんだから、お互いに理解も難しくなるし、傷つきもするだろ。
お前のことが好きだからこそ強がって、本当の自分を隠してしまうこともあるだろうしな」
「…なんかミチさんの口から、好きとか恋愛とかを聞くのって新鮮。でもなんとなくですけど、ミチさんも恋愛下手そうですよね~」
茶化した大輝を、うるせえよ、と切り捨ててミチは続けた。
「大輝がともみをフッたんだろうなってことは、なんとなく想像ついてたけど」
「…」
「それでもともみは“友達になろう”って…なんとか、お前との関係を続けようとしてるんだろうなってことも、今理解した。でも大輝…お前ももう、わかってるんじゃないの」
「…何が、ですか?」
「今までの女の子とは違う感情が生まれてるって時点で、ともみはもう、大輝にとって特別な存在だってこと」
特別…と、思いもよらぬ言葉だったという反応で呟いた大輝はミチから視線を外し、空を見つめた。ぼうっと漂わせた瞳からは先ほどまでの壮絶な色気は消え、謎解きを始めた子どものような、あどけない表情になっている。
「ともみはお前に会いたい。お前もともみに会えないのは寂しい。それが…ともみは恋で、大輝は友情、っていう形が違うものでも、お互いに大切には思ってる。だったら今は、その気持ちに素直に従えばいいんじゃないの。
恋愛だとか友情だとか、関係に名前を付けることにこだわってたら気づけないことも多いんだよ。使い古された表現だけど、手放してから——“失ってから後悔しても遅い”ってやつは、リアルに起こることだからな」
メグの笑顔を…今も腕にあったブレスレットを思い浮かべてしまった自分を、ミチは心の中で自嘲する。
「でも、それってオレだけ得するっていうか、ずるくない?ともみちゃんの気持ちに応えられないって言ったくせに…」
「それはお前が決めることじゃないと思うけどな。ともみ自身が、たとえ友達でも大輝の側にいたいって選んだわけだから、アイツの選択だろ。そのうちにともみに、他に好きな男ができて、大輝がポイって捨てられる可能性もあるわけだし」
「…捨てられるのはちょっと…いや、だいぶ悲しいかも」
うなだれた大輝は本気で寂しそうで、会話が途切れ、大輝がグラスに口を付けたが、ラムソーダの減りはいつもの通り遅い。それは、大輝がアルコールに強くはないからだ。ソーダで和らいでいるとはいえ、アプルトンエステートの度数は40度あるのだ。
以前、ソーダの量を増やす提案をしたミチに、「少しずつでも、本物を正しく楽しみたいから」と断った大輝の好みは、決まって骨太で歴史のある酒が多く、日によってはストレートで味わうこともある。
― 酒に向かう姿勢でさえ、なんだかんだ真面目なんだよなぁ。
その華やかすぎる外見と人当たりの良さで、軽薄だと誤解されることも多い大輝だが(本人があえてそう振舞っているせいもある)、実は中身はかなり実直で、そのあたりもともみと似たもの同士なのではとミチは思っていた。
― そろそろ来るな。
店の時計が鳴った。24時になると教会の鐘のような音を響かせる、この店のオーナー光江のお気に入りのからくり時計だ。オープンから5年の記念にと、あまり公にはできない筋の大物から贈られたらしい。
「シンデレラの魔法が解ける音みたいでいいじゃないか」と満足げに設置した光江に、「客が帰っちゃいませんか」とミチは一応聞いた。けれど、「鐘の音くらいで帰るようなやわな客はいらないよ」と光江に笑い飛ばされたし、事実、帰る客を今まで一度も見たことがない。
鐘の音が鳴り終わった頃、入口のドアが開いた。フロアの客の注文を聞いていたミチは、ともみが来たのだろうと、背中で足音と気配だけを感じていた。——けれど。
この記事へのコメント
ミチと大輝のやり取り、面白過ぎる! ホテルに泊まれよ俺が出すから→お金はあるけど払うのはもったいないからイヤ とかメグとのやり取りなんだかかわいい。
東カレさん、本気出してNetflixにドラマ化打診してほしいです