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TOUGH COOKIES Vol.21

外から見たらセレブ夫婦だけど、結婚生活が破綻して10年。それでも、離婚しないワケ

「いつか凪も——愚かな私に呆れて家を出て行く日が来たらどうしようって…だから凪が家を出て行った時、呆然としてしまって…」

「…凪に捨てられたって思ったってこと?」

愛の質問は優しかった。葵が、情けないよねと頷く。凪はただ…母を見つめている。

そんなことはありえないと、娘ときちんと向き合っていればすぐにわかったことだろう。凪がいかに母を愛し、その愛を求めていたのかにも気づけたはずだ。けれど。

夫が他の女を選んでも、婚前契約のせいで離婚を選べないまま10年近くを耐えてきた葵。その心が、娘を夫に重ねてしまうほど壊れてしまったことを、責めることはできないと愛は思った。

— 娘は母に捨てられるのではと怯え、母も娘に捨てられるのではと怯えてた、なんて。

ともみの中に怒りが湧いた。母の告白を受け、唇をかんでうつむいた凪の代わりに、怒りを爆発させる。

「葵さんご心配なく。ここまでのお話の登場人物の中で、最も愚かで、知性もついでに品位もないどうしようもないヤツなのは、間違いなくご主人ですから」

3人がポカンと驚き、ともみを見た。

「どんな理由があったとしても、ただのバカなエロ親父ですよ。女に目がくらんで夫と父親の役割を放棄したただのバカ。そんな人が賢いわけないじゃないですか。それに葵さん」

呼ばれた葵が、は、はい、と姿勢を正した。

「凪ちゃんが賢くなっていくのが怖いとおっしゃっていましたけど、凪ちゃんが賢くなったのって、葵さんの子育てが成功してるってことですよね?

その上凪ちゃんは、お母さんが自分の顔をみて苦しくなるくらいなら…ってお母さんのために顔を変えようとする程、母思いの優しい子に育ってるじゃないですか。父親不在の超ワンオペの環境で、そんな子育てができた葵さんが賢くないなんて絶対にありえない。

葵さんこそが、誰より賢い人なんだと私は思いますけど」

「その通り!」と愛は拍手し、凪はともみに抱きついてまた泣き出してしまった、のだが。


「普通なら、そこで感動的に終わるのに、その後も淡々と続けちゃうってところが、ともみちゃんらしくて笑えたな~」
「…愛さん、あれは笑ったってレベルじゃなくて、爆笑でした」
「ともみちゃんって、ちゃんとしてる風に見えて、なんかちょっとズレてるよね」

ま、そこがかわいいんだけど、と、まるでステーキのようなぶ厚さのランプ肉を焼き始めた愛に、ともみは納得がいかないと思う。

ともみが続けたのは、凪の“彼ぴ”こと、南洋太についての話だ。

葵の手前、凪が南の自宅に泊まり続けていたことや、一緒に酒を飲んでいたことに触れるのは避けた。その上で、整形の料金を自分が出すから親の同意は不要だとそそのかした“ろくでもない男”だから、絶対に別れた方がいいと、あえて葵の前で言ったのだ。

「…ともみちゃん、なんで今、そんなこと言うの!?」

と、凪が慌て、葵がどういうことだと怒り、もうひと悶着起こってしまったが、その結果は。

「強制的に別れさせられたらしいよ。葵があの男のことを探ってみたら、凪の他にも何人もの女の子に手を出してたんだって。凪にそれを伝えたら、思ったよりあっさり納得したみたい」

凪があの程度の男に惑わされることはもうないだろう。凪と話しこんだ間に、その賢さを感じていたともみは、愛の話を聞いて安心した。

― そもそも、あの男はお母さんの代わりだったんだろうしね。

「凪がともみちゃんの連絡先が知りたいらしいんだけど、教えてもいいかな?直接お礼がいいたいんだって」

すぐに返事ができなかったともみに、愛が、気が向いたら教えて、と話題を変えた。ともみが気軽に連絡先を交換するタイプではないとわかった上で、気をまわしてくれたのだろうと感謝する。

― でも。

妹がいたらあんな感じなのかな…とぼんやりと思っていると、冷麺が運ばれてきた。

「……愛さん、冷麺なんて頼んでましたっけ?」
「頼まなくても、いつも途中の口直しに出してくれるの。この太麺が美味しいよ~」

直径15cmほどの韓国の銀食器。小サイズではあるとはいえ、このあと確か、ハラミやカルビ、ウルテと呼ばれる牛の軟骨、野菜盛りも頼んでいたはずだ。

「まだ結構きますよね、ちょっと私、お腹に自信が…」
「ルビーときた時と同じ量だから大丈夫だよ。あ、スープ頼むの忘れてた。すみませ~ん」

と店員を呼んだ愛に、ルビーと一緒にされたら私の胃はもれなく爆発します、と突っ込みながらともみは思った。

― 今日の、ルビーの知り合いのお客様ってどんな人なんだろう。

この記事へのコメント

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No Name
完全に焼き肉な気分になってしまった! 本当に美味しさが伝わってくる書き方。
2025/07/15 05:3322Comment Icon3
No Name
凪とママ、分かり合えて良かった。 整形するだけじゃ全く意味無かったしこんな形で仲直り出来てなりより。あの図々しい不倫女と宏太郎、早く週刊誌が嗅ぎつければいいけど。
2025/07/15 05:4415Comment Icon2
No Name
うーん、でも夜のお仕事上がりだとバックに誰かいてもおかしくないから世間もそんなに驚かないようにも思うけど、とりあえずその男は脅迫してきてるので弁護士に相談。
2025/07/15 05:3213Comment Icon5
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TOUGH COOKIES

港区・西麻布で密かにウワサになっているBARがある。
その名も“TOUGH COOKIES(タフクッキーズ)”。

女性客しか入れず、看板もない、アクセス方法も明かされていないナゾ多き店だが

その店にたどり着くことができた女性は、“人生を変えることができる”のだという。

心が壊れてしまいそうな夜。
踏み出す勇気が欲しい夜。

そんな夜には、ぜひ
BAR TOUGH COOKIESへ。

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