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TOUGH COOKIES Vol.20

「離婚なんて、想像してなかったから…」結婚16年、婚前契約書にサインしたことを女が後悔したワケ

「その頃ね。彼の政党の支持率がどんどん下がって。覚えてる?与党の要職の政治家たちの汚職がどんどん暴かれた年」

確か、国の大規模工事の入札にまつわる収賄疑惑で辞職した大臣がいたな、と愛は、うっすらとした記憶を手繰り寄せる。

「宏太郎さんは、党の古い体制や膿を出すなら今だとますます活動的になったの。若い世代の政治家たちでの意見交換会や勉強のための視察もそれまで以上に頻繁にするようになって。

そんな中で出会ったのが、彼女で。同志として恋に落ちたってわけ」

そして、あろうことが…宏太郎は全てを伝えてしまったらしい。妻である葵に。

「葵のことも心から大切で愛している。妻としてこれからも一緒にいてほしいし、凪のためにも離婚はしたくない。だけど彼女は運命の人で惹かれる気持ちを抑えられない。政治家としての夢を叶えるためにも彼女の力が必要だから、彼女の存在を認めてほしいと」

そう伝えた上で、どうしても葵がイヤなのであれば離婚も仕方ないと、その決断を葵に委ねたのだという。

「宏太郎さんって本気のバカでしょ?理解不能をはるかに超えた大バカ。なんでも正直に言えばいいってもんでもないし、そんなんじゃ一夫多妻制を認めろと言ってるようなもんで、許されるわけないでしょ」

「だよね」

「好き勝手に言い放っといて、何が葵の決断にゆだねる、なの?卑怯で最悪で吐き気がする」

耐えられないとばかりに、ワインをあおった愛のグラスはまたもすぐに空になり、今度は葵がワインクーラーからボトルを引き抜き、だよねと笑いながら注いだ。

「さすがに私も呆然としたけど、彼はそういう人なんだよね。もちろん彼だって、政治家としては駆け引きもするし、必要なウソならつく。

だけど…だからこそ、心を許した数少ない人には、ウソを言わずに正直でいたいっていつも言ってたから」

「だからって許したわけ?」

「許す、許さない、よりも…まず驚いて、わけがわからなくなって、その後はただむなしくなってたかな」

葵は、宏太郎に結婚しようと望まれたことが夢のようで幸せで、ありがたかった。だからこそ、結婚して以来、必死で政治家の妻としての教育を受け、自分のせいで宏太郎の立場が悪くならないように、隙を見せないようにとふるまってきた。

特に、葵に厳しくしたのは、義母、つまり、姑だった。2人の結婚を最後まで反対していた義母は、一人息子の泣き落としに根負けして以来、葵を“未来の総理大臣の妻”として、教育することに過剰とも思える熱を注いでいた。

代々の選挙区である福岡の商店街への月一のあいさつ回りに始まり、小さな祭りの手伝いにも顔を出させる。さらに、テーブルマナーをはじめ、華道、茶道、着付け、さらにはお礼状を書くために必要な、手紙文の筆遣いを学ぶ書道教室にも通わせた。


さらに、葵の料理の腕前が店を出せるほどだと知ると、まずは懐石やフランス料理の教室で学ばせ、その上で、支持者のマダムたちの社交の場として料理教室を開かせたのだ。

自身も通っていた葵の教室の“ホームパーティーで褒められる、気の利いた一品が学べる”というコンセプトは姑が決めたものだったということを、愛ははじめて知った。

実は、葵との結婚に反対したのは、親族だけではなかったらしい。祖父の代から宏太郎を支えてきた、地元の熱心な支持者たちも同様だったという。

葵が現れるまでは、宏太郎の結婚相手として最有力視されていたのは、地元の観光業を一手に担う企業の令嬢だった。はっきりとした約束を交わしてはいなくても、それは“暗黙の了解”のようなものだった。

そしてその“支持者たちが望む未来”を壊してしまったことで、宏太郎は地元の支援を失う恐れもあったという。

「だから、彼のためになると言われたことは、必死に、全てやったの。私を選んでくれた彼のためにね」

葵の必死さは、凪の教育にも向けられた。

自分の出自や過去が、娘の将来に影響を与えることがあってはならない——そんな思いで、食事、言葉遣い、礼儀作法…ひとつひとつの教育に丁寧に気を配り、知識も習い事も、ただ与えるのではなく、自らも一緒に学びなおすつもりで向き合ってきた。

そうして迎えた小学校受験で、凪が無事に合格し、葵の努力が、ようやく「政治家の妻」として認められはじめた。そんな頃だったという。

宏太郎が、“運命の人”だとかいう、別の女性の存在を告げてきたのは。

「私がどんなに努力をしてきたつもりでも…彼と並んで未来へ進むのは別の女(ひと)で、私は“同志”とは呼んでもらえない。笑っちゃうよね」

この記事へのコメント

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親権もあと2年だし、その後離婚&義母を無視して凪と葵は二人で海外移住しても良さそう? 凪なら海外の名門大学も夢じゃない!
2025/07/08 05:5525Comment Icon2
No Name
そっか、泣ける話だけど宏太郎の無神経さに驚く。
2025/07/08 05:4119Comment Icon1
No Name
宏太郎、一貫性なさすぎて総理大臣になれる器ではないな。葵を運命の人だと言っておきながら、娘が成長した途端、政治学者の女性を運命の人にしてるんだから。

姑は我が子の不祥事を知っているんだろうか。明るみになったら、本当に支援者いなくなるよ。葵や政治学者の女性は喋らないだろうけど、周りから漏れることもあるからね。
2025/07/08 07:1812Comment Icon1
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TOUGH COOKIES

港区・西麻布で密かにウワサになっているBARがある。
その名も“TOUGH COOKIES(タフクッキーズ)”。

女性客しか入れず、看板もない、アクセス方法も明かされていないナゾ多き店だが

その店にたどり着くことができた女性は、“人生を変えることができる”のだという。

心が壊れてしまいそうな夜。
踏み出す勇気が欲しい夜。

そんな夜には、ぜひ
BAR TOUGH COOKIESへ。

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