「ん?」
「僕はね、正直、言わなきゃよかったと思ってる。僕から提案したのにごめん。少なくとも菜穂の名前は伏せればよかった」
蒼人は、コーンスープが入ったボウルを手に持ったまま、その表面をぼんやり見つめている。
「どうして?」
「だってさ…話した途端、周りが“結婚するの?”ってうるさくて。年上女性と付き合うってだけで、こうも言われるものかね」
「…そんなに?」
「うん。うちの同期同士が付き合ったときなんかとは、みんなの反応が明らかに違う。結婚とか、責任とか、決断とか、そういう言葉を持ち出されて」
私は、頷くことしかできない。
― そっか、蒼人は後悔してるのか。
社内で公表したら、一歩、結婚に近づけるかもしれない。そんな期待をした自分が悲しい。やっぱり蒼人にとって、結婚はそれだけ気が重いものなのだ。
私は、思い切ってもう一歩踏み込んでみることにした。
「気持ちはわかるけれど…。蒼人は、そんなに結婚が嫌?」
「うーん。まだ早いって思うだけ。菜穂も、結婚は今すぐじゃなくてもいいって思ってるんでしょう?」
― それは。
過去に同じことを聞かれるたびに、私はたしかにそう言ってきた。急いではいない、じっくり考えたいと。
蒼人にプレッシャーをかけたくなかったからだ。本音は違う。
― 今日は、ちょっとだけ本音を言ってみようかな。
「前はそう言ったよね。でも、みんなに公表したわけだし、そろそろちゃんと結婚も考えてほしい…かも」
蒼人にとって、嫌なセリフだろう。そう感じつつも、言葉を引っ込めることはできなかった。
蒼人は、少しだけ視線を逸らした。そして「そう思うか、そうだよね」と自分に言い聞かせるかのように何度もうなずく。
「でも僕、今は仕事もあるし、毎日が必死だし…同棲で十分だって、思っちゃってる」
「わかるよ。蒼人のペースはもちろん大事にしたい。でも、公表するってことは、そこのあたりも今よりは進むのかなって、勝手に想像してたから」
「そっか。公表する前に、もっとちゃんと話したらよかったな」
沈黙が訪れ、私は蒼人が作ってくれた料理を無言で味わう。しばらくして、蒼人が口を開いた。
「責任を取りたくないってわけじゃないんだよ。ただ…まだ、うまく想像できていない」
彼らしい正直な言葉だ、と思った。
私だって25歳のとき、同じように結婚を“現実”として捉えられていたかと問われれば、言葉に詰まる。
でも――時間は無限ではない。とくに女性は。
「急かすつもりはないけれど…私は子どもがほしいと思っているから、あんまりのんびりしていられない。そういう意味で、焦りもある」
なぜか涙が出てきそうになり、こらえる。
「だからできれば、蒼人にも、そのあたりを現実的に考えてほしいの」
この記事へのコメント
28点!もう少し別の表現方法があると思うし、旅館のくだり、全体的に雑。