港区・西麻布で密かにウワサになっているBARがある。
その名も“TOUGH COOKIES(タフクッキーズ)”。
女性客しか入れず、看板もない、アクセス方法も明かされていないナゾ多き店だが、その店にたどり着くことができた女性は、“人生を変えることができる”のだという。
タフクッキーとは、“噛めない程かたいクッキー”から、タフな女性という意味がある。
▶前回:「まさか、彼が?」恋人だと思っていた男に裏切られたことを知った29歳女は…
Customer3:恋人だと思っていた男に人生を壊されかけている水原桃子(29歳)
「相手がどんなにクズ男(くずお)でも、桃ちゃんが恋して幸せだった時間には意味があったし、その時間を否定しちゃダメだとは思うよ?……でも、このまま桃ちゃんだけが泣いて我慢して終わるのもなんかダメだと思う。クズ男にも少しはクラわせてやらないと」
「…クラわせて…って…」
呟いた桃子の顔には疑問というより不安が浮かび、ともみがルビーを制した。
「クラわせるって…男にやり返すってこと?でも桃子さんは復讐的なことは望んでないと思うよ?…ですよね?」
桃子が弱々しく頷き、ともみは続けた。
「ルビーの言う“クラわせる”っていうのが、裁判を起こして闘うことなら、私はやめた方がいいと思う。
下手したら今よりもっと泥沼化するだろうし、そうなれば桃子さんの傷が増えるだけだよ?」
会社に盗作を訴えてもダメだった今の状況で、桃子ができる闘いといえば、永井を社会的に訴え、盗作されたと暴くこと、つまり裁判などを起こして勝つことだろう。
― でも、勝てる可能性は低い。
世間では今、人を裏切り騙した悪者に鉄槌を下す、いわゆる“ざまあ展開”と呼ばれる復讐劇が流行っているが、現実ではフィクションのように、必ず勧善懲悪ができるとは限らない。むしろ正義が勝たず、理不尽だが権力を持つ方が強いことが往々にしてある。
しかも桃子の場合、『風に抗わない線』のデザインを描いたスケッチブックを自らの意志で永井に渡してしまっているのだ。
先ほど桃子が話してくれた通り、桃子が会社に属し、永井のデザイン室に勤務していた間に作ったデザインはすべて職務著作、つまり会社に権利が属すると法的に認められているのならば。
たとえ、桃子のデザインだと証明できたとしても、桃子が自らスケッチブックを渡したということが、服のデザインとして使われることを了承した上での行為とみなされて、永井を罪に問うのは難しいかもしれない。
その上桃子は、恋愛関係だったと信じ抜こうとしたが故に、裏切られたと気づいてからも、永井との会話を録音したりもしていない。つまり好意を利用して才能を搾取したひどい男として永井をさらす証拠もないのだ。
それでも桃子が勝つ可能性はゼロではないだろうが、裁判には金も時間もかかる。資金力のある組織と個人が闘い続けることはどれだけ大変なことだろう。
― SNSに晒すこともできるとは思うけど…。
有名デザイナーに騙されて利用され、あげくに脅されたとSNSで訴えるという闘い方もある。でも世間の全てが桃子の味方になってくれるとは限らず、むしろ誹謗中傷に耐える覚悟が必要になる。
裁判にせよSNSにせよ、闘い続けるうちにきっと体力も気力も奪われていく。心が壊れてしまうかもしれない。そうなれば、今の桃子が一番守りたいと思っている、幸せだった、確かに存在した恋した日々の思い出も、ズタズタに切り裂かれることになるだろう。
それは桃子の本意ではないはずだ。そう淡々と説明を続けたともみに、ルビーは場違いな程にあっけらかんと、晴れやかに笑った。
「あらら、ともみさん、珍しくハヤトチっちゃったってやつ?アタシ復讐しようなんて全く言ってないよん。偽物に本物の実力をクラわせてやろうぜぇ!ってことなんだけど?」
この記事へのコメント
桃ちゃんはAYANOに着てもらいたい服に集中していればその内泥棒男の事なんてすっかり忘れるんじゃな!? とりあえず、続きを早く読みたい。ルビーと光江さんの関係も気になってる。
ともみの過去も徐々の明かされるんだね、楽しみ。