私は、こんなことならマッチングアプリについて話さなければよかったと思う。
― そういえば、お母さんには昔から、自分が経験していないことをものすごく警戒するクセがあるんだった。
お母さんは、女子大から大手電機メーカーの一般職に就き、2年で寿退社している。
私が青山学院大学に進学するときも、今の企業に総合職で入るときも、お母さんは「なんか想像がつかなくて心配だわ」と顔を曇らせていた。
私は、最近は本当にアプリ婚が多いこと、みんないい出会いをゲットしていることなどを話しながら、きれいになったお皿を水切りかごに並べる。
実家に置いてあった小川洋子の懐かしい本を読んでいたら、気づいたら17時になっていた。
「そろそろ行かなきゃ」
私は化粧を直し、髪を整えたあと、玄関に立つ。するとお母さんはそばにやってきて、私を見つめた。
「菜穂、結婚は焦るものじゃないのよ。お母さんは、できれば自然な出会いがいいと思うわ。菜穂には、“ちゃんと”恋に落ちて、結婚してほしいの」
― ちゃんと、か。
お母さんにはわからないのだ。アプリは、ちゃんとした恋愛をはじめるきっかけだということが。私が返答に困っていると、追い打ちをかけるかのようにお母さんは言う。
「ねえ、由佳には、職場とかで早めにいい人を見つけておきなさいって言っておいてね」
ゼネコンに勤務している4歳下の妹の名前を出す。
私は、悲しくなってしまう。
◆
「菜穂さんと一緒にいると楽しいなあ」
マッチングアプリで出会った勇斗さんが、人懐っこい笑顔を見せる。1時間前に初めて対面したとは思えない打ち解け具合だ。
大手保険会社営業、34歳。趣味はレストラン巡りとフットサル、年収は「800〜1,000万円」。
プロフィール的に派手な人かなと心配していたが、会ってみて一気に緊張がほどけた。
選んでくれた代官山のイタリアンレストランは、料理も雰囲気もばっちり。そして、さすがは営業職。話すのがうまくて、あっという間にメインのサーロインステーキにたどり着いてしまった。
「私も楽しいです。つい、飲みすぎてしまいますね」
お互いに4杯目のワイングラスを傾ける。
私が今、考えていることは2つ。
― ひとつは、飲みすぎて、顔が変になってるんじゃないか?ということ。
最近、もともと良くなかった化粧ノリがさらに悪くなってきた気がする。今日は、ディオールのファンデーションを使ったけれど、飲みすぎてポカポカしているから、早くも崩れているのではないかと心配だ。
それから、もう一つは――。
この記事へのコメント
期 安西ユカコ という偶然か.....
又は勇斗と宏伸が友達同士でデート中にばったり遭遇....
内面ではなく外見を磨くんだ?🤣