2025.03.03
1LDKの彼方 Vol.11不安を抱えたまま写真撮影は終わり、再び少しの雑談のあと、取材の場はお開きになった。
「では、公開前に原稿チェックのタイミングを作らせていただきますので」
ライターさんの言葉に、私たちは互いに頭を下げ合う。編集部の方々にロビーまで見送られたあとは、タクシーを待ちながらもう一度、島田さんと挨拶をする流れになった。
「菜奈さん、明里さん。今日はありがとうございました。色々お話できて刺激になりました」
「島田さん。こちらこそありがとうございました。記事の公開、楽しみですね」
「あ、そういえば…まだ名刺交換させていただいてなかったですよね?」
「確かに!ご紹介していただいただけで満足しちゃってましたね」
「ちょっと待ってください」と言うと、島田さんは一瞬、ボールペンで名刺になにやら書き込み、私たちふたりと今更ながらの名刺交換を済ませる。
そして、先に一台到着したタクシーを私たちに譲ってくれ、窓越しに「今度、食事でも」と言いながら笑顔で見送ってくれたのだった。
― 最後まで感じのいい人…。
ぼーっとそんなことを考える私だったけれど、タクシーが発進した途端。菜奈が私の方にぐいと体を寄せ付けて問い詰めてきた。
「ちょっと明里、今日どうした!?心ここに在らずでしたけど!」
「ごめん…。完全にプライベートの悩みで…申し訳ない」
勘のいい菜奈のことだ。私の不調にはとっくに気づいているとは思っていたけれど、気持ちのゆらぎが仕事にまで出てしまったとなれば、共同経営者としてはその理由を話すほかない。
私たちの手がける女性支援事業では、失恋休暇など女性のメンタルにも寄り添うことを大切な軸として掲げているのだ。こんなごくごくプライベートな悩みでも、決してバカにしたりせずに真剣に聞いてくれる菜奈の存在がありがたい。
だけど…。
一通りの亮太郎との今の関係を話してしまったあと、菜奈から返ってきたのは、あまりにも予想の斜め上の答えだった。
「他の人探しなよ」
「えっ」
「別に、別れろっていうんじゃなくてさ。亮太郎くんと付き合いつつも、他の人にも目向けてみたらって、私は思うよ」
「そんな、浮気なんて私…」
モゴモゴと言い淀む私に、菜奈はケロッとした表情のまま畳み掛ける。
「浮気じゃないよ!他にもちょっと目を向けてみるだけ。
だって今って、明里と亮太郎くんは同じ方向を向いてないじゃない?明里は早く結婚したい。亮太郎くんは今は結婚なんて考えられない」
「うん…」
「だったら明里は『なるべく早く結婚したい』っていうポイントにフォーカスして、他にも目を向けてみるべきだよ。
結局は、条件が合うかどうか。仕事だって、どこと一緒に事業したいか考えた時に、コンペは普通するでしょ」
「コンペ…」
無茶苦茶なようでいて、菜奈の言葉には妙な説得力があるのが恐ろしい。黙り込んでしまった私に向かって、菜奈はかまわず言葉を続けた。
「…正直、私は明里の友達だからさ。ちょっと亮太郎くんにムカついちゃうかも。
明里に対して、まだ結婚を決意する決め手に欠けてます〜って言ってるようなもんじゃん。年下ってこともあるかもしれないけど、それってやっぱり失礼だし」
「そうかな」と小さな声で答えながら、私は密かに納得した。
これほどまでにウジウジと思い悩んでしまうのは、菜奈の言う通り、暗に亮太郎に「及第点に達していない」と思われていることにショックを受けたからなのだ。
私の魅力では、亮太郎に「結婚したい」と思ってもらえていない──。
それはとても、とても、悲しいことだった。
「てかさ、今の島田さんとかもよくない?すぐ結婚したいって言ってたし、自立した女性が好きって言ってたし。
なんとなくだけど、明里みたいな女性がタイプだと思ったな。名刺も交換したし、ご飯でも誘ってみたら?」
「いやいや、そんな…」
ますます落ち込んでいく私とは正反対に、菜奈のテンションは上がっていく。本来菜奈は、こういう恋バナが好きなのだ。
島田さんがくれた名刺をヒラヒラと振る菜奈につられて、私も渋々、手元の島田さんの名刺に目線を落とす。
その時だった。私と菜奈はふたり同時に、あることに気がついた。
「あれ」
もらった名刺が、菜奈のものと少し違う。
裏面に、緑色のボールペンの走り書き──。
<今度、食事でもどうですか 島田>
そのメッセージは菜奈のものにはなく、私が貰った名刺にだけ書かれていたのだ。
「キャー!明里!ほらー!さすが島田さん、帰国子女だって言ってたもんなぁ。ドラマみたいっ」
手に持った名刺が、急に熱を帯びたように感じる。ドキマギする私に、菜奈が耳打ちするようにささやいた。
「正直、亮太郎くんと明里は別れないと思うよ。でも、ただ受け身で待ち続けるのと、『結婚はしようと思えばすぐできるけど、好きだから亮太郎くんを待つ!』って決めて待つのでは、気持ちが違うじゃん。
明里はまず自信取り戻さなきゃ!気楽に、気楽に〜」
「気楽に…。いいのかな…」
私は、亮太郎のことが好きだ。大好きだ。
でも、亮太郎の方は、そこまで私のことを好きじゃなかったら…?
私は、亮太郎のことを悲しませたくない。幸せにしたい。
でも、亮太郎の方は、私のことを悲しませたくないと思ってる?幸せにしたいと思ってる…?
結婚したいと思ってもらえない、ダメな自分。
そんな自分でも、食事に誘ってくれる人がいる。
その事実は、大きなひび割れが入っている私の心に、素直に嬉しく染み込んできてしまう。
「コンペは普通するでしょ」
「気楽に、気楽に」
菜奈の言葉が頭の中に鳴り響く。
気がつけば私は、小さな声でつぶやいていた。
「同棲してても、他の可能性って、模索してもいいのかな…」
▶前回:29歳彼女と同棲しているのに、将来を考えていない男。結婚を迫られた彼がとった言動とは
▶1話目はこちら:恵比寿で彼と同棲を始めた29歳女。結婚へのカウントダウンと意気込んでいたら
▶Next:3月10日 月曜更新予定
結婚願望が受け入れられない明里は、ついに他に目を向け始める?一方の亮太郎は
涼太郎側もでっかい秘密を抱えてるようだし気分転換に島田さんとお食事する位全然いいと思っちゃう。
【1LDKの彼方】の記事一覧
2025.02.17
Vol.9
「既婚者や子持ちばかりで、肩身が狭い…」同窓会に参加した29歳女の本音
2025.02.10
Vol.8
「これ、捨ててもいいよね」彼氏のスニーカーコレクションを処分したがる女。イライラした男はつい…
2025.02.03
Vol.7
彼氏と業務連絡のようなLINEばかり。付き合って1年でこれはヤバい?それとも…
2025.01.27
Vol.6
「え、嘘だろ…?」同棲前に彼女の親に挨拶に行ったら、実家が金持ち過ぎて…
2025.01.20
Vol.5
「何これ…」付き合って1年記念日。27歳彼氏からのプレゼントに、女が絶句したワケ
2025.01.13
Vol.4
「結局、料理上手な女性が好き」広告代理店勤務・27歳男のリアルな本音
2025.01.06
Vol.3
「家族に紹介してほしかったのに…」年末年始は、彼氏と過ごせなかった29歳女の憂鬱
2024.12.30
Vol.2
年上彼女から「ボッテガのキーケース」をプレゼントされた28歳男が、困惑したワケ
2024.12.23
Vol.1
1LDKの彼方:恵比寿で彼と同棲を始めた29歳女。結婚へのカウントダウンと意気込んでいたら
おすすめ記事
2025.02.24
1LDKの彼方 Vol.10
29歳彼女と同棲しているのに、将来を考えていない男。結婚を迫られた彼がとった言動とは
- PR
2025.02.27
とろっとろのフォアグラグラタンに悶絶!冬のごちそうを求めて青山へ行こう
2015.09.13
東京女子図鑑
東京女子図鑑 Vol.1:六本木に生息する女子《ポン女》
2018.11.15
嫌われる女
男友達に1番紹介しやすいのは、“ほどよくダサい”女。自分より可愛くない友達を連れてくる女の本音
- PR
2025.02.26
“自宅で鮨”は「握る」がトレンド!ホムパを格上げするプレミアムすし酢とは
- PR
2025.02.28
【潜入取材】ニセコの雪上VIPラウンジで乾杯!ラグジュアリーテキーラの真髄を体験してきた!
2016.07.29
バルージョ麗子
バルージョ麗子:バル大好きな女が行きつけのバルで出会った「Mr.アベレージ」との朝
2019.07.11
オンナの金遣い
オンナの金遣い:お受験の泥沼にハマり、幼い娘に500万円を投資した女
2016.10.05
秘書の秘め事
秘書の秘め事:「見た目は大人、心は子供」のエリートたち。秘書に甘える彼らの心理とは?
2024.03.06
春の風に吹かれて
「親の期待に応えるのはやめた」大企業でのキャリアを捨て、慶應卒28歳女が飛び込んだ世界は…
東京カレンダーショッピング
『かに物語』:〆まで楽しめる雑炊の素付き!蟹の旨みがたっぷりと溶け出すかに鍋セットミニ
『肉のABCフーズ』:黒トリュフ塩付!牛タン&A5ランク黒毛和牛を使った極上ハンバーグ
『東京京橋おばんざい醸』:肉を引き立てる3種の塩!A5黒毛和牛を使ったローストビーフ
『かに物語』:海老・帆立・蟹!ベシャメルソースに、各種海の幸をトッピングした贅沢グラタン
『UMIKARA』:薄切り・厚切り食べ比べ!特製出し汁で味わう若狭湾真鯛の鯛しゃぶセット
『パンツェロッテリア』:具材ごろごろボリューミー!フレッシュな野菜と肉感満載のフライドピッツァ
『オリベート』:黒トリュフ香る、口当たりクリーミーな究極のティラミス
『ミホ・シェフ・ショコラティエ』:日本を代表するショコラティエ―ルが作る、 ショコラ好きのための濃厚ガトーショコラ
『LOUANGE TOKYO』:アート感溢れるビジュアル!口溶けなめらかな大人の生チョコレートエクレア(6種)
『ル・ボヌール 芦屋』:しっとりサクサク!フリーズドライ苺にホワイトチョコをたっぷりと浸透させた新感覚スイーツ
ロングヒット記事
2025.02.27
TOUGH COOKIES
「実は彼と…」32歳女が、抱える秘密。高校時代からの親友に言えずにいる“あの夜”のこと
2025.02.24
1LDKの彼方
29歳彼女と同棲しているのに、将来を考えていない男。結婚を迫られた彼がとった言動とは
2025.03.01
男と女の答えあわせ【Q】
家賃25万円の1LDKに同棲する場合、いくら負担する?女が34歳彼に抱いた違和感とは
2025.02.26
運命なんて、今さら
「彼女の通話履歴を見て…」28歳男のヤバい行動。爽やかエリート社長の裏の顔とは
2025.03.02
男と女の答えあわせ【A】
「家賃と光熱費の負担は…」恋人間のお金問題に、スプレッドシートを作成する34歳男に困惑
この記事へのコメント