「深夜の西麻布でたこ焼きを」作家・麻布競馬場が、東カレのために書き下ろした最新エッセイ

かといって、新規オープン店をチェックすることがまったく無意味かと言うと、それは明確に違う。

街とは毎日少しずつ変わってゆくものであり、その変化にもっとも大きく寄与するものは、まさしく新規オープン店であると僕は思う。

新規オープン店を訪ねるということは、刻々と変わりゆく街の表情を一番近くで捉えることであり、一番新しい街の姿を特等席で楽しむということだ。

『オステリア ナカムラ』を腹六分目くらいで出た僕たちの、その後の行程はこうだ。

まず今年の夏にオープンしたばかりの『呑み屋 ぺりどっと』に顔を出すと大満席だったから、立ち飲みで唐揚げと白ワイン一杯、そして女将の橋本さんによる愉快な唐揚げペアリング講義を楽しむ。

ちょうど席が空いたという連絡を受けたので、次は六本木通り沿いの『飯処 角と』に移る。ユズ太郎が「実家」と呼び、しょっちゅう通っているというその店では、おばんざい3種盛りをつまみながら芋焼酎のソーダ割りを流し込んで内臓をスッキリさせる。そういえば、ここも去年の春にオープンしたばかりだ。

グラスが空いたところでユズ太郎と顔を見合わせると、お互い「まだ行ける」という意気込みを持っていることが無言のうちに伝わったので、「客単価の低い客ですみません」と女将のひとえさんに笑顔で謝りながら“角と”も早々にお暇して、本日の最後漂着地点である『たこあわ』に流れることにした。

ユズ太郎は「最期に飲む酒はシャンパン、それも可能であればブラン・ド・ブラン」と決めているほどの男だから、今年の8月にオープンした『たこあわ』は彼にとって天国のような場所だろう。

その店名のとおり、当店はタコ焼きと泡、つまり西麻布の公式飲料であるシャンパンを深夜27時まで楽しむことができる。

僕たちはカウンター席の奥に陣取ると、取り急ぎ「できたてポテトチップス」と「塩チーズオリーブのタコ焼き」を8つ、それからユズ太郎が気に入って自宅のセラーに何本も抱えているというブラン・ド・ブランのシャンパン「ペルネペルネ」をボトルで頼む。


「昔の西麻布って、こんな感じだったのかなぁ」

気付けば24時を回り、ボトルも7割方空いたところでユズ太郎が呟く。彼よりも西麻布歴の浅い大学上京組の僕は「どうなんだろうね」と返しながら、グラスに残ったシャンパンを一息に飲み干す。

平日の、それも日比谷線の終電はもはやなくなった時間帯だというのに、店内は大満員だ。いかにもエリートサラリーマンといった趣の仕立てのいいスーツを着こなしている人もいれば、どんな仕事をしているか見当もつかないラフな格好の人もいる。

大きな窓の向こうに見える六本木通りの歩道にもまた、同じように様々な格好の人が行き交う。

「そういえば、このお店がオープンする前、ここには何のお店が入ってたんだっけ」

今度は僕が呟く。「ほんとに忘れたの?西麻布を代表する名店だったと思うけど」とユズ太郎が店名を挙げた途端、その店で何度もビールやハイボールを飲んだ思い出が蘇ってきて、申し訳ない気持ちになる。

自己弁護になるが、そんな無責任な忘却はおそらく僕だけの怠惰な罪というわけではない。街は毎日、ものすごい勢いで変わってゆく。人もまたそうだ。

数年前は、バーで飲んでいたら「NFT領域でいろいろやっててさぁ!」と高い酒を気前よく呷っている人たちがたくさんいたが、ここ最近はすっかりその手の人を見なくなった。

先輩方に聞いてみると「そういえば、リーマン前はカタカナ不動産屋の経営者がオラついてて……」「そういえばさ、ITバブルの頃は半ズボン履いたヒルズ族がイケイケで……」と様々な思い出を次から次へと語ってくれたものだ。

店も、人も、そして街も、すべては無常だ。僕たちが日頃から通う店も、あるいは僕たち自身も、それから僕たち若輩者の愛する西麻布も、すべては一瞬のきらめきに過ぎない。

2024年に生まれた数多くの新規オープン店のうち、10年後に生き残っているのは数えるほどかもしれないし、そもそも新規オープン店が入っている貸店舗区画には、新築物件でもない限り、今や閉店してしまったいくつものレストランが賑やかなオープニングパーティーを開催してきた過去が潜んでいる。

油断すれば気の抜けてしまうシャンパンがこの街の象徴であることには、もしかすると深遠な意味または教訓があるのかもしれない。

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