「深夜の西麻布でたこ焼きを」作家・麻布競馬場が、東カレのために書き下ろした最新エッセイ

残念ながら、僕が知る西麻布は今の西麻布だけだ。

僕が今いる『たこあわ』がそうであるように、僕にとって今の西麻布とは、グランメゾンで若い女の子に誕生日祝いのデザートプレートを持たせて写真を撮ることよりも、「別に金がないわけじゃないんだけどさ」とか冗談を言いつつ、世間の型に嵌まらない自分だけの楽しみ方を見つけて、それを仲間内で共有することのほうが価値があると信じる人のための街。

“ぺりどっと”で橋本さんから「レモンサワーよりも唐揚げに合うワインというのは確実に存在するんです」という講義を真面目な顔で聞き、“角と”でひとえさんから「うちは実家じゃないんですからね!」と冗談めいたお叱りを嬉々として受け止め、そして『たこあわ』で西麻布の過去と未来について話し合う……そういった、愛すべき面倒な人間たちの街。

「西麻布なんて、もうオジサンしかいないでしょ」「港区女子とか、もはや悪口だよ」とか言われても、「その通りでございます」と自虐の笑顔を浮かべながら、次の日もまた西麻布にやってきて、自分だけの方法で店を楽しみ、嬉々としてお金を落としてゆく人たちのための街。


「まぁ、昔から変な人たちが集まる街でしたよ。君らもその予備軍だろうし」

カウンターの向こうでタコ焼きをくるくる回しながら、このあたりの飲食店で長らく働いてきた店主の竜平さんがチクリと言う。

現在も未来も、つまるところ多少の演出変更の加わった過去の再演にすぎないのであって、そうであるとすれば、かつてここにあった店のカウンターにも、ユズ太郎と僕のような二人組が座って、深夜にブラン・ド・ブランを飲んだかもしれない。

「素晴らしいことじゃないですか。僕たちは立派な港区おじさんになってみせますよ」

「じゃあ、景気付けのためにも、最後にもう一杯ずつ。竜平さん、いいロゼスパークリングが飲みたいなぁ」

まだ飲むのか、と竜平さんは半ば呆れつつ、いそいそとセラーに向かう。

諸行無常を前にして、僕たちはいつだって無力だ。だとすれば、移ろいゆく街の表情を、新規オープン店のカウンターで眺めながら、うまい酒を飲むことくらいしかできない。でも、それで十分じゃないか。

かつてこの店のカウンターに座った先輩たちに敬意を表しつつ、僕たちは黙って乾杯をした。

■プロフィール
麻布競馬場 1991年生まれ。コロナ禍にSNSに投稿した文章が話題を呼ぶ。著書『この部屋から東京タワーは永遠に見えない』(集英社)でデビュー、2作目の『令和元年の人生ゲーム』は直木賞候補にノミネート。

X ID:@63cities

エッセイの舞台はこちら……

西麻布を牽引するふたりがタッグを組んだ話題店
『たこあわ』


2024/8/8 OPEN


オーナーは西麻布で数店舗を構える林 竜平さんと木曽信介さん。交差点から程近く、オープンな雰囲気で毎夜賑わう。

「たこ焼き」は常時8種で4個¥450~。街の新たな名所の誕生だ。

■店舗概要
店名:たこあわ
住所:港区西麻布4-1-15 セブン西麻布
TEL:非公開
営業時間:18:00~27:00
定休日:日曜

東京カレンダー2025年2月号の表紙

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