2025.01.15
“タワマン文学”という新しいトレンドを生み出した作家・麻布競馬場が東京カレンダーのために書き下ろした最新エッセイ。
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深夜の西麻布でたこ焼きを
西麻布の『オステリア ナカムラ』に入店すると、先に着いていたユズ太郎がスプマンテのグラスをチビチビやりながら、手元のメニュー表を凝視していた。
「ごめん、お待たせ」と僕が椅子に座りながら言うと、ユズ太郎は「ううん、大丈夫」と半分ほど空いたグラスを指さした。
「先に着いたら飲んでてね」とかわざわざ言わなくても、こうして食前酒をのんびり楽しみながら待っていてくれるのが彼のいいところだ。
「ここ、初めて来たけど最高だね。何を頼むか悩んでるだけで、あっという間に時間が過ぎてゆく」
メニュー表を僕に手渡しながら、ユズ太郎が嬉しそうに言う。
受け取って眺めてみれば、「洋なしとゴルゴンゾーラのオーブン焼 生ハム添え」といった前菜に「カニとポロネギのいかすみ入りタリオリーニ」といったパスタと、酒飲みが躍り出しそうな季節感あふれる文字列が気前よく書かれている。
そのうえ、手書きのメモ帳みたいなそれとは別に、店内の壁には黒板メニューまでもが誇らしげに掲示されている。そっちに書かれているのは定番メニューなのだろう。浮わついたところのない、どっしりと構えた品々ばかりだ。
手元から黒板へ、やっぱり黒板から手元へ……と、目が忙しくて、そして楽しくて仕方ない。これぞオステリアだ。
客としては、せっかくお店が用意してくれた最高の舞台で存分に踊るしかない。
「お互い初めてだし、定番をキッチリ押さえておきたいよね」
「そうだね、だとすると黒板メニューを中心に攻めるのが礼儀かな?」
「マッシュルームとパルミジャーノのサラダって、シンプルなようで店ごとの芸風が出るから気になるよね」
「いいね。白ワインをボトルで頼むとして、そうしたらシチリア風ミートボールはどうだろう?」
「シチリアと聞けば、いわしのマリネも行きたくなるね。お寿司屋さんで聞いた話だと、今年のいわしは素晴らしい出来らしくて……」
メニュー評定はいつものごとく長引いた。でも、それが素晴らしい店に対する礼儀というものだ。
ユズ太郎は、最近仲良くなった飲み友達だ。西麻布のホブソンズ側にある行きつけのワインバー『Cave de ASUKA』で、オーナーの明日香先生から「きっとあなたの好きなタイプの人間だから」と直々に紹介された32歳、つまり僕からすれば1歳下の後輩だ。
いざ会ってみると面倒なほどにこだわりの強い食道楽で、大変気が合った。
両親の仕事の関係で幼い頃から西麻布あたりの飲食店に顔を出し、今もそのあたりを中心に飲み歩いているという生粋の西麻布人である彼とは、特に連絡せずとも『Cave de ASUKA』でばったり出くわしたり、あるいは今日のように「新店発掘」のために予定を合わせたりと、よく一緒に食事をする関係になった。
結局、その日はパスタ一品、メイン一品と軽めに納めつつ、デザートとグラッパ、そしてダブルのエスプレッソはきっちりいただいて店を出た。
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