運命なんて、今さら Vol.1

「自然に会話が弾むのがいい」冬のキャンプ場で意外な出会いが。32歳男が美女と盛り上がり…

「あ、あの、本当にすみません…。実はちょっと…」

女性は、エンジ色の分厚いダウンジャケットに身を包んで、白いニットのキャップをしている。25、6歳といったところか。

寿人はあわてて立ち上がる。

「どうかしました?」

「実は、着火剤を持ってくるのを、忘れてしまって…。マッチはあるんですが、うまく火がつかなくて。もしお持ちだったら、大変申し訳ないんですが、少しだけわけていただければと思って…」

「も、もちろんです」

寿人は立ち上がり、持ってきた着火剤の余りを袋ごと女性に手渡した。

「本当に、助かります」

「いいえ、気にせず」

「あの…お支払いさせてください」

女性は、小さな黒いコインケースを取り出す。

「え、いいですよそんなの。…というか、もしかしてこれから準備ですか?」

寿人は、おどおどしながらもたずねた。

時刻は20時を回っているはずだ。あたりは真っ暗で、キャンプを始めるには遅い。何か事情があるのではと、心配したのだ。


「実は…設営してテント内で休憩してたら、つい寝落ちしてしまったんです。…お恥ずかしい話、最初にビールをちょっと飲んでしまったから、車ももう出せなくて」

「なるほど」

彼女がやってきた方向を見ると、離れたところに小さなテントがあった。テント内に明かりはついているが、たしかに焚き火などは、一切ついていない。

彼女の小さな体と血色のない真っ白い顔を見て、凍えているのではないか。寿人は、胸が痛む。

「…よかったら、ちょっと温まっていきますか?あなたが、あまりに寒そうで」

「いや、でも…いいんですか?」

寿人は、自分のチェアを彼女にゆずり、金色のヤカンから紙コップに緑茶を注ぐ。豊かな香りが、湯気とともに立ち上る。

「どうぞ。熱いかもですが」

女性は、それを両手で包んで持ち「あったかいです」と笑った。

― どうしようか。この状況。

困り果てながら、寿人はクーラーボックスの上に座り、質問をしぼりだす。

「えーっと…キャンプは、よくされるんですか?」

声がふるえた。

「ええ。特に、冬は」

「…冬キャン派ですか」

「冬は、にぎやかな人があんまりいないから。それが好きで」

「…いつも、おひとりで?」

「はい。あなたは?」

「僕も、いつもひとりです」

沈黙が2人を包む。

「あの…結海(ゆうみ)といいます。鈴村結海です」

「上条寿人です」

風が吹き、テントがパタパタと揺れた。

「…ああ、そろそろ焼けるな。ゆ、結海さん。お肉とか、ワインとかは…お好きですか?」

スキレットの蓋を開ける。ステーキは、ちょうどいい仕上がりだ。バターをのせると、ジューという音とともに芳醇な香りが立った。

「…おいしそう」

「ぜひ、一緒に。ちょっと大きいのを買ってしまったので」

間を持たせたいがために、唐突な誘いをしてしまった。すぐさま反省した寿人だが、ステーキを見つめる結海のうれしそうな口元に、胸をなでおろす。


寿人は、ステーキを木のまな板に移して切り分け、数切れを木皿にのせた。

念のため「にんにくは好きですか?」と確認してから、先ほど作ったガーリックチップを散らし、結海に手渡す。

それから、テーブルの上に置かれている赤ワインを、2つの紙コップに注ぐ。

「どうぞ。乾杯しましょう」

「はい、乾杯…です」

結海は、遠慮がちにステーキを一切れ、そしてワインを一口飲んだ。ゆっくり味わったあと「なんておいしいんでしょう」と顔をほころばせた。

遠慮する彼女にどんどん切り分け、ワインを2、3杯と注ぎ、ほとんど言葉を交わさずにじっくり味わう。

「ああ…つい、たくさんいただいてしまいました」

「僕が勧めたんですから、遠慮しないでください」

結海の顔に血色が戻っていて、寿人はほっとした。

すると結海は、小さな声で言う。

「…キャンプって、いいですよね」

「え?」

「なんていうか…うまく空気が吸えます。毎日に息が詰まったとき、私はキャンプに息継ぎしに来るんです」

聞けば結海は、IT企業で営業をしているらしい。そして土日は、実家のパン屋の手伝いでレジに立っているという。日々、忙殺されている様子だ。

今日は、それで疲れて寝落ちしてしまったのだろうか。詳しく聞いてみたいと思ったが、寿人は遠慮した。大事な息継ぎの時間を、邪魔したくはなかった。

「…僕は、税理士事務所をやっています」

「へえ」

結海は身を乗り出す。

「数字だらけの無機質な世界です。だからキャンプにくると安心します。木も草も、虫も鳥も、僕もちゃんと生きてる。よかった、って」

大きく頷いてくれた結海を見ながら、寿人はなんだか、夢の中にいるみたいな気持ちになった。

― なんで僕、今、こんなにスラスラしゃべれてるんだろう。

この記事へのコメント

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No Name
一人キャンプが趣味( 彼女にとっては息抜き) で冬でも行く女子はそんなに多くないから、彼と気が合うんじゃないかなと。 文章や表現に少々稚拙な箇所もあって気にはなるけれど、イルミネーションを10分見ただけで気遣いが足りないだの自己中だの騒ぐ婚活女の話よりはよっぽどいい。
2025/01/08 05:3224
No Name
『アオハルなんて甘すぎる』と関係あるんですかね?!
誰かと繋がってるとかアオハルの登場人物が追々出て来たり?なら楽しみですね。
2025/01/08 06:0814返信1件
No Name
PRのようなタイトルだけど新しい連載なんだね。和牛なのに蓋をして7分も焼いちゃう? 厚いステーキでも焼き過ぎてかたくなりそう🤣 結海とのやりとりだと15分程度経ってるようにも感じたけれど。
2025/01/08 05:2510返信4件
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