気づけば32歳。
仕事もそれなりに順調で、周りから見れば「いい年頃」の大人。
でも、その「順調」の裏にある虚しさがある。
かつての自分は、もっとまっすぐだった。好きな人には全力で向き合い、泣いたり笑ったりするのが当たり前だった。
けれど、いつのまにか傷つくのが怖くなり、「無難」で「賢い」選択をするようになった。
「恋愛なんて、もういいよ。どうせうまくいかないし、面倒だし」
そう心の中で繰り返しながら、恋人いない歴は7年に伸びた。
ただ、そんなある日、彼女と出会った。
「今夜は、予報より冷えるな…」
肌の露出を少しでも減らそうと、上条寿人(ひさと)はネックウォーマーを鼻先まで引き上げた。
それでも、香ばしいにんにくの香りが、鼻腔をくすぐる。
「こんなもんかな」
キツネ色になったそれをスキレットから木皿に取り出し、代わりに分厚い“しずおか和牛”を鍋上にのせる。
― うん、いい霜降り加減だ。
静岡にあるキャンプ場。
寿人がここに来るのは、もう8回目だ。毎度、お気に入りの精肉店でステーキ肉を購入してくるのが恒例になっている。
ザワザワと、木々の黒いシルエットが揺れる。寿人は丁寧な所作で肉の焼き加減を見て、“ここ”というタイミングでひっくり返した。
― で、蓋をして。あと7分くらいだな。
赤ワインを手元のカップに注いだ寿人は、キャンプチェアに腰を沈めた。
少しずつ味わいながら、目を閉じてひとりほほえむ。
恍惚。
この言葉は、こんな時間のためにあるのだと思いながら――。
「…あの」
「…………」
「あの、すみません。…突然、すみませんっ」
「……ふぇ?」
驚いて目を開けると、寿人の目に、女性の姿がうつった。
この記事へのコメント
誰かと繋がってるとかアオハルの登場人物が追々出て来たり?なら楽しみですね。