2024.10.14
恋のジレンマ Vol.7諒也は医師との面会を終え、急ぎ足でクリニックに戻った。
まだ午前の診療時間中で、待合室には多くの人の姿がある。
ほのかな高揚感を抱きつつ玄関を抜けて受付に顔を見せると、例の女性がすぐに気づいて会釈をした。
「お疲れさまです。こちら、お会計になります」
あらかじめ準備してあったのであろう明細書と領収書が、ブルーのトレーに乗せられ、差し出された。
諒也は、金額を確認してお札をトレーに乗せる。お釣りが即座に戻ってきた。
「ありがとうございます。お大事にどうぞ」
女性があの柔和な微笑みを浮かべたのも束の間、すぐに目を逸らし、事務作業に戻ってしまった。
― あ、あれ…。もう終わり?
思い描いていた状況と異なり、肩透かしを食らったような気分になる。
― もう少し会話とか…。せめて名前ぐらいは聞きたかったんだけど…。
ほかの患者同様、流れ作業のような対応で済まされ、会話どころか何の感情のやり取りもないまま断ち切られてしまった。
声をかけようにも、相応しい言葉が見つからない。
会話のキッカケを探すが、背後に、順番待ちをしている別の患者からのプレッシャーを感じる。
諒也は後ろ髪を引かれる思いで、自動ドアに向かって足を踏み出した。
― 俺としたことが、何もできなかった…。
職場ではトップセールスを誇り、トークスキルにも自信を持つ諒也。だが、会話の糸口すら見つけられずに退散させられてしまった。
えも言われぬ敗北感に打ちひしがれる。
しかし、考えてみれば、諒也は女性に対して自分からアプローチをかけたことなどほとんどないのだった。
いつも女性のほうから言い寄られるから、好みの相手を選別するだけで済んでいたのだ。
悠長に構えていたがゆえの、踏み込みの甘さ。それが敗因だと、諒也は分析する。
― くっそう。このクリニックの担当って、誰だったっけな…。
このまま引き下がるのは男としても、トップセールスマンとしても、プライドが許さない。
クリニックは営業所の管轄地域内であり、身近に担当者がいるはずだった。
その人物を頼れば、女性と再び接触を持ち、距離を縮めるキッカケがつかめるはず。
そう算段した。
◆
諒也は仕事終わり、新宿西口にある『LUCIAN』を訪れていた。
テーブルを挟んで向かいの席に座っているのは、同僚の葵だった。
昨日、診察を受けに行ったクリニックの担当者が葵であるとわかり、諒也のほうから声をかけて誘い出したのだ。
「吉沢くんから誘ってくるなんて、初めてじゃない?どういう風の吹き回し?」
これまで、葵から飲み会の誘いをかけられてもほぼ断っていただけに、不信感は拭えないようだった。
「いや、うん。まあ、たまにはね…」
いつもの自信に満ち溢れた姿はなりを潜め、口ごもりながら答える諒也の様子を、葵は訝しんでいる様子だ。
― どう言ったらいいのか…。
諒也はただでさえ交友関係が狭く、友だちのカテゴリーに入るような異性はいなかった。
ゆえに、色恋にまつわるプライベートな話を葵にどう切り出していいものか、判断に迷っていた。
それでも、ワインを飲み進めるうちにリラックスし、口もとが緩んでいく。
「及川の担当している、眼科のクリニックあるじゃん。そこに昨日、ものもらいを診てもらいに行ってきたんだけど…」
これまでの経緯を話して聞かせると、葵も状況を理解するとともに、表情が和らいでいく。
「なんだぁ、そういうことね。吉沢くんも可愛いとこあるんだぁ。ふ~ん」
説明を受けて納得しながらも、諒也の意外な一面を知りニヤニヤと笑顔を浮かべる。
「有紀さんのことだね。確かに、有紀さんは色白で清楚な感じがしていいよね。誰に対しても優しいし。吉沢くんが好きになるのもわかるよ」
「いや。まだ好きっていうわけじゃあ…」
「私、連絡先知ってるから、飲み会でもセッティングしてあげようか?」
「えっ!マジで!!」
諒也はつい大きな声を張り上げて周囲の視線を集めてしまい、恐縮する。
しかし、それぐらい大きな収穫だった。
女性からの提案であれば、警戒心は和らぐはずであり、開催の可能性は高い。
異性の同僚のありがたみを、諒也は初めて身にしみて感じた。
▶前回:バーで出会った清楚女性の“裏の顔”に遭遇。あまりのギャップに、29歳男は驚愕し…
▶1話目はこちら:職場恋愛に消極的な27歳女。実は“あるコト”の発覚を恐れていて…
▶NEXT:10月21日 月曜更新予定
【後編】同僚にセッティングしてもらった飲み会。順調に関係が進展すると思われたが…
なら自分で何とかしろよ。担当の同僚に頼んで何とかしてもらおうとかダサいにもほどがある。
偉そうなこと言ってるくせに自力では何もできないタイプか笑
そもそも仕事のつながり利用してアプローチしようなんて職権濫用だろうが。
仕事とプライベートは分けるんじゃなかったのかよ。
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