3日後。
麻貴の住むマンションで、ある騒動が起きた。
仕事帰り、まだうっすらと日の明かりが残る時間帯。
麻貴は、青山一丁目駅から自宅マンションに向かって歩きながら、どうもいつもより人通りが多いように感じた。
マンションに近づくにつれ、徐々に人の数が増していく。さらに、赤いパトランプが点灯しているのが遠目に見え、麻貴は胸騒ぎをおぼえた。
― え、なになに。まさかうちじゃないよね…?
足早に歩を進めると、マンションのエントランス付近に、パトカーと消防車が停車している。
人だかりができており、マンション内で何度か見かけたことのある住人の姿もあった。
辺りには、何かが焦げたような匂いがかすかに漂っている。
麻貴は建物に目を向ける。外観に変化はなく、煙が出ている様子はない。
「麻貴!」
名前を呼ばれて振り返ると、雄星が立っていた。
Tシャツに短パン、サンダルという格好で髪も乱れ、急いで部屋から出てきたのがわかる。
「雄星!何があったの?」
「どっかの階の火災報知機が作動したみたいで。非常ベルが鳴って、避難するようアナウンスが入ったんだ」
「大丈夫だった?」
「ボヤで済んだみたいだけど…。仕事が早めに終わって、部屋に戻ってシャワー浴びてるところだったからビックリしたよ」
着の身着のままといった雄星の様子から、いかに慌てていたかが伝わってくる。
「そうなんだ。まあ無事ならよかったけど…」
「あ、そうそう」
雄星がポケットから何かを取り出した。
「とりあえず、これだけ持って出てきたんだ」
手に握られていたのは、ルイ・ヴィトンのロングウォレットだった。
「それ、私の…」
麻貴は普段、コンパクトサイズのものを持ち歩いているため、長財布は家に置きっ放しにしていた。
あまり使用しないカード類の保管用にしているものだった。
「俺もパニくっちゃってさ。それしか持ってこれなかったんだ」
「うん、ありがとう…」
もし火が燃え広がっていたとしたら、財布が無事かどうか不安に駆られていたはずである。
それに、もしこの場にひとりでいたならば、さぞかし心細かったに違いない。
― 雄星がいてくれて…助かった…?
麻貴は、雄星の存在を疎ましく思ったつい先日のことを、申し訳なく思った。
そこで、消防隊員からアナウンスが入った。
「安全が確認されたので、住人の方はどうぞお部屋にお戻りください」
外に避難していた者たちがぞろぞろと歩き出し、はけ始める。
「俺たちも戻ろっか」
「う、うん…」
新しい恋の障壁だと思っていた元カレに、助けられてしまった。
― う~ん、こういうこともあるんだな…。
麻貴は、複雑な思いを抱きつつ、雄星の背中を追った。
▶他にも:「なんかキレイになった?」元カレに呼び出され1年半ぶりに再会したら、イイ雰囲気で…
▶NEXT:9月9日 月曜更新予定
【後編】雨のなか元カレに迎えに来てもらう麻貴。気になる先輩に現場を目撃され…
東京カレンダーが運営するレストラン予約サービス「グルカレ」でワンランク上の食体験を。
今、日本橋には話題のレストランの続々出店中。デートにおすすめのレストランはこちら!
日本橋デートにおすすめのレストラン
この記事へのコメント
しかも大事なデータを消去してしまうような子なのに。
リーダーが、保存したデータが見当たらないやら間違えて削除してたとか… まさかウィッシュと同じライターさんか。