2024.09.11
マティーニのほかにも Vol.10「離婚しよう」
沙耶香に初めてそう伝えたのは、たしか、今から3年ほど前のことだったはずだ。
当時の龍一は、35歳の若さで独立し、自らの公認会計士事務所を立ち上げたばかり。何もかもが波に乗っていて、気が大きくなっていたのかもしれない。
友人の紹介で出会い、沙耶香の方からの猛烈なアプローチに押されるがまま半年でスピード結婚。
しかしいざ一緒に生活を始めてみると、気の強い沙耶香のことをどうしても愛しいと思えず、わずか3ヶ月ほどで龍一から離婚を切り出すことになった。
「絶っっっ対に嫌!恥かかせないでよ!!」
半狂乱になった沙耶香の拒否を受け、半ば無理やり恵比寿にひとり部屋を借りて別居を始めたちょうどその頃、事件を通じて仁美と出会った。
そして、「助けていただいたお礼に…」と、名刺を頼りに事務所を訪れてくれた仁美を見て、強く感じたのだ。
― ああ、アクの強い沙耶香とは全然違う。そばにいるのが、こんな人だったらよかったのに。
お礼の流れで2人で食事に行き、会話が弾み、次第に何度も会うようになり…。
― きちんと離婚したら、交際を申し込もう。
そう思っていた矢先に、仁美の方から「付き合ってください」と告白された。
一方の沙耶香には、もう何度も離婚したいという意思を伝えている。
きっと沙耶香とは、すぐに別れられる。だとしたら今、既婚者であることを下手に伝えてしまい、仁美を失いたくない…。
そんな不埒な考えさえ起こさず、全てを正直に仁美に告げていたら──今頃は何かが違っていただろうか?
恵比寿駅から別宅への帰路になる明治通りをトボトボと歩きながら、龍一はまたしても大きなため息をついた。
― このまま部屋に帰っても、また1人で寝るだけか…。
無性に孤独を感じるのは、夜の空気に、ほんの少しだけ秋の気配が混じり始めたからだろうか?それとも今日が龍一の、39歳の誕生日だからだろうか?
誕生日など、この歳になってまで特別気にするようなものではないことは、重々理解している。
けれど、薬指にまだ付けている結婚指輪───そこに埋め込まれた誕生石のサファイアが、否が応でも今日が特別な日であることを龍一に意識させる。
― 本当なら、きっと仁美がお祝いしてくれていたはず。
一度そんな考えが浮かんでしまったら最後、仁美との思い出が染み付いた恵比寿の部屋に、このまま帰る気にはなれなかった。
かと言って、沙耶香の待つ本宅に帰ることも考えられない。
結局龍一は、どっちを向いても辛い現実から逃避するため、帰路の途中で目についたウイスキーバーに負け犬のように逃げ込むのだった。
「いらっしゃいませ」
沈鬱な表情の龍一を迎え入れたのは、ハキハキとした明るい印象のバーテンダーだ。8席程度のカウンターの向こうには、びっしりと壁一面にウイスキーのボトルが並んでいる。
「へぇ…」
その見事な光景に感銘を受けたものの、龍一の口から蚊の鳴くような声しか出なかったのは、入った瞬間に仁美のことを思い出したからだ。
仁美との始まりも、終わりも、バーだった。
仁美の思い出から逃れたくて直帰を避けたのに、よりによってバーに来てしまうなんて。自分の考えの浅さにはつくづく嫌気が差す。
仁美との関係が破綻したのも、浅はかな考えが原因だ。既婚者であることを告げなかった結果、仁美を傷つけてしまった。
「BMWに乗っていますが、別の家に置いてあって…」
初めてご両親を紹介された時。車好きだという仁美の父に問われるがまま、うっかりそう答えてしまったことで、興信所をつけられる羽目になったのだ。
ご両親の強い反対で別れざるを得なくなったことは、無理もない。
わからないのは、2ヶ月前に「やっぱり、龍一さんが好き」と仁美が突然戻ってきてくれたことだった。
そしてまた、なぜだかわからないまま、痛烈な別れが訪れた。
『奥さん、大事にしてね』──。
仁美の口から最も言われたくなかった、最後の言葉を思い出す。苦痛に思わず頭を抱えたその時、他の客の対応を終えたバーテンダーが、龍一に注文を尋ねた。
「お待たせしました。どうしましょうか?」
「ああ、なにかクセのない、ジャパニーズウイスキーをロックで…」
と、そこまで言いかけた時だった。ふと、らしくない考えが龍一の脳裏をよぎる。
― そんなの、このくだらない毎日と同じじゃないか。
今日は、現実逃避に来たのだ。とことん普段と違うことがしてみたい。
そう考えた龍一は、半ばヤケになって言い捨てた。
「いや…何か、特徴的な味わいのウイスキーをお願いします」
龍一もそんなに仁美が好きだったなら結婚指輪外して会うとか再会した時に離婚する事を伝えていたら違ってたかもしれないのに....
もう1杯ロック飲んだら、勇気出して離婚話しに行け。
とにかくまず独り身になってから仁美に連絡!
それが出来ないなら一生負け犬人生だよ。キャイーン!
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