2024.07.31
マティーニのほかにも Vol.8モヒートは言わずと知れた、キューバはハバナ発祥のロングカクテルだ。
砂糖とライム、たっぷりのミントをつぶして、氷とラムと炭酸水を注ぎ入れた爽快感あふれる味わい。
年間を通じて30度近い気候のキューバのレシピというだけあり、暑がりな快利はハタチを超えてからというもの、猛暑のたびにモヒートの爽快感に救われてきたのだった。
ニナちゃんのオススメだというシロップのように甘ったるいトロピカルカクテルを急いで空にすると、快利は今の苦痛から逃れるために、慌ててモヒートを注文する。
「はい!モヒート、かーしこまりました〜」
南国の鳥のようなカラフルな髪色のバーテンダーが、浮ついた返事とともに、目の前で手早くモヒートを作っていく。
― そうそう、これこれ!
きっと、さっぱりとしたモヒートを飲んだら、こんなモヤモヤした気持ちは吹き飛ばすことができる。
まるで未練みたいなベタベタしたみっともない気分は、どこかに消えてしまう。
快利の気持ちを汲み取ったのか、特にパフォーマンスもなく思いのほかキチンとしたモヒートが提供されたことにホッとした快利は、安心してグラスに口をつける。
けれど、次の瞬間。一口モヒートに口をつけるなり、快利は思わず眉をひそめた。
「ん…?美味いけど…これ、本当にモヒートか?」
うるうると瞳を潤ませながら、ニナちゃんが膝の上にそっとその手を乗せてくる。
「カイリ。なんか変な顔してるけど、どうしたの〜?」
けれど快利はそんなことには全く気にも留めず、たったいま出されたばかりのモヒートのグラスを凝視した。
南国の鳥のようなバーテンダーは、たしかにきちんとモヒートを作っていた。
グラスにブラウンシュガーを入れ、ライムを絞る。生のミントをたっぷりと加え、ペストルでつぶす。グラスを満たさんばかりのクラッシュアイス入れたら、ラムと炭酸水を注いでステアし、ミントを飾る…。
― それなのに、どうして…?
どうして、由紀が自宅でよく作ってくれたモヒートと、ここまで味が違うのか。
解決しようのない混乱に放り込まれた快利は、じわじわと水滴が浮かび上がるグラスをじっと見つめる。
そして、ハッとあることに気がついたかと思うと──。
「えっ、ちょっとカイリ!どぉしたの?なんでニナ置いたまま帰っちゃうの?」
そう騒ぐニナちゃんを放ったらかしたまま、弾かれるようにして小さなバーから駆け出していくのだった。
バーを出た快利がタクシーに飛び乗って向かった先は、代々木の自宅マンションだ。
今朝、名無しの女が出て行った時と同じくらい大きな音を立てて、玄関に駆け込む。そして慌ただしく靴を脱ぎ散らかしたまま、快利はベランダへと転がり出た。
4畳ほどのベランダにひしめき合う、枯れ果てた鉢植えたち。
どれもこれも快利が欲しがった観葉植物だが、結局すぐに飽きてしまう快利に代わって、由紀が世話をしていたものだ。
ひと月前に由紀と別れてからは、鉢植えを見ることすら未練がましいようで気が乗らず、遊びに興じて無視している間にこんな有様になってしまった。
けれど、そんなディストピアのような景色のなかで──たったひとつだけ、青々と生い茂っている鉢がある。
出しっぱなしでザラザラとした感触になったクロックスに足を突っ込み、快利はゆっくりとその鉢に一歩ずつ近づき、確信した。
― ああ、やっぱり…!
鉢に生い茂っているのは、ミントだ。それも、ギザギザとした形の葉の。
『カイちゃんは普通に使うスペアミントじゃなくて、ペパーミントのモヒートが好きでしょ?この近くではあんまり売ってないから、もう自分で育てちゃおうと思って』
そう言って由紀がペパーミントの種を買ってきた時、自分はなんて返事をしただろうか?
全く思い出すことができない。きっと、長年の付き合いの末にそうしていたように、生返事で受け流してしまったのかもしれない。
だけど…由紀が目の前から消えてしまった今、これだけは快利にも理解することができた。
さっき店で飲んだモヒートは、おそらくスペアミントで作られたものだったこと。
そして、由紀がどれだけ自分を大切にしてくれていたのかということと──。
自分がどれだけ由紀を大切にできていなかったかということが。
ミントは生命力が強く、ちょっとやそっとのことでは枯れることがないという。
きっと、夏の雨を頼りに、しぶとく生き抜いて来たのだろう。
どれだけ目を逸らしても、どれだけ無視し続けても、青々と葉を茂らせつづけてきた。
そんなミントを見ていると快利は、自分でも気づかなかった気持ちを突きつけられているような気がするのだった。
― なんか…。どうして居なくなっちゃったのかわからないのに、めちゃくちゃ気持ちも未練もあるのに、「去るもの追わず」とか言ってビビってるのって…すげーダセぇよな…。
「なあ。やっぱり俺、どうしてもペパーミントのモヒートが好きだからさ。…かっこ悪くっても、もう一度すがってみても、いいのかな」
荒れ果てたベランダでひとり、快利はペパーミントの鉢に向かって話しかける。
その手には、快利が初めて「大好きだ」と気づいた自家製のペパーミントのモヒートのグラスと、1ヶ月ぶりにかける通話の画面が光っていた。
7月の夜風は生ぬるいけれど、不思議と不快感はない。
▶前回:「俺ってズルいのかも…」27歳男が、10歳上の女の魅力にハマった理由
※公開4日後にプレミアム記事になります。
▶1話目はこちら:国立大卒の22歳女。メガバンクに入社早々、打ちのめされたコト
▶Next:8月14日 水曜更新予定
9年間もの間、献身的に快利を支え続けた由紀。何も言わずに彼の元を去った理由は…
編集またはweb担当の方、是非改善をお願...続きを見るいしたいです。 ※ストーリーは良かったです。
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