マティーニのほかにも Vol.7

「俺ってズルいのかも…」27歳男が、10歳上の女性の魅力にハマった理由

リサとの出会いは、2人が暮らすニューヨークで開かれたあるパーティーだった。

アメリカとスペインと国は違えども、お互いに日本とのハーフ同士ということで意気投合し、あっという間に恋人になった。

けれど、テオが「リサと特別な関係になりたい」とまず思ったのは──相手がほかでもない“リサ・ミヤタ”だったから、ということもある。

アジア人ハーフでありながら、ブロードウェイで一目置かれる実力派女優。

そんなリサのそばに居れば学ぶことも大きいだけでなく、あわよくばチャンスを掴めるのではないか…という野心が、テオには少なからずあったのだ。


今回、端役ではあるものの海外公演まである舞台にキャストとして登用されたのは、テオの実力だけではない。

コネがものを言う演劇界の話だ。メインキャストのリサに口添えしてもらったことが、一番の理由と言っていいだろう。

けれど、それが何だというのか?

チャンスはチャンス。役を手に入れないことには、スタートラインにも立てないのだから仕方がない。あとはそれに恥じないような実力を見せて、観客を唸らせることができれば文句はないはず。

こういう考え方をするところが、リサに「若者らしい合理主義で、信じられないほどドライ」と言われる所以なのだろうか。

― いや。でもどう考えても、こういうふうに生きた方が楽だろ。

しばらくモヤモヤと考えていたテオだったが、シャワー後の肌に化粧水を叩き込みながらそう結論を出すと、シャツを羽織って品川のホテルを後にする。

外に出るなりむわっとした湿度を帯びた暑さに襲われ、テオはそれ以上小難しいことを考えるのをやめた。


品川駅から山手線に乗りテオが向かったのは、昼下がりの原宿だ。

人生のほとんどをニューヨークで過ごしているテオだが、原宿には特別な思い入れがある。

母の両親…つまり、テオの祖父母の家はかつて千駄ヶ谷にあった。幼少期のサマーブレイクの時期には、そこに長期滞在して原宿までよく遊びにいった。

「ふーん、あの頃とはずいぶん様子が変わっちゃったんだな…」

目の前に広がる原宿の景色は、20年近く昔の記憶とはすっかり変わっている。

けれど、そうは言ってもごちゃごちゃとユニークな店舗がひしめき合う様子は少年の頃と変わらず、まるでおもちゃ箱のようにテオの好奇心を刺激するのだった。

カラフルでポップなアパレル。

道路を走るゲームから飛び出てきたようなゴーカート。

ゆるキャラのような小動物とのふれあいスポットに、アニメみたいにキュートなお菓子と女の子たち。

カッティングエッジとノスタルジーの狭間でキョロキョロと目移りしながら散策していたテオだったが、東京特有のむせ返るような暑さの中では、一日中フラフラとうろつき続けるのは難しい。

喉の渇きはとっくに限界。そのうえ少し陽の翳り始めた原宿のはずれは、幼い頃の心細さを呼び起こそうとしているかのようだ。

ふいに妙な心細さに襲われたテオは、敢えて小さく声に出してみる。

「どっか入って、なんか飲むか…」

シャツの襟を引っ張ってパタパタとあおぎながらあたりを見回すと、ちょうどテオの目に飛び込んできたものがある。

それは、ギラギラとした西陽に負けないほど明るいネオンを掲げた、ミュージックバーの看板なのだった。

― へえ、ミュージックバーね。いいじゃん。俺、日本のミュージックわりと好き。

網膜に焼き付くような明るいネオンと、無機質なコンクリートの建物。

軽い思いつきで店に入ることを決めたテオだったが、重たい金属の扉を押し開けた途端、押し寄せる津波のような重量のある音に圧倒させられた。

どうやらこのバーは、クラブの要素を大いに盛り込んだ類の店らしい。

店の奥に構えられたDJブースには人だかりができており、アメリカでも知名度の高いジャパニーズシティポップをドリルと融合させた音楽に、多くの若者たちが体を揺らしながら陶酔していた。

「いいね…!」

にわかにワクワクとした気持ちを取り戻したテオは、そのうねりに身を投じる前にバーカウンターへと立ち寄る。

「ビールください!」

大音量の音楽に負けないように聞き取りやすい日本語で声を張り上げるが、カウンターの中の女性バーテンダーから返ってきたのは「Sure, right away!」というアメリカンイングリッシュだ。

キャッシュオンデリバリーで、ハートランドビールのボトルを受け取る。

乾いた喉に泡の刺激を流し込むと、さっきまでの心細さのことはもう考えずに済むのだった。


「おいテオ〜!お前はマジで最高なやつだな〜!」

「you, too. カイリ!」

何杯かのボトルとグラスを空にし、音楽に身を任せきったテオは、いつのまにかその場にいた数人の日本人の若者たちとすっかり打ち解けていた。

特にこの「カイリ」という男は、英語は全く話せないというのに、まるで昔からの幼馴染みであったかのようにウマが合う。

表参道のアパレル店員だというカイリは、同じブランドのスタッフ数人とこのミュージックバーに来ており、テオはもはやそのグループの一員となってにぎやかな夜を楽しんでいるのだった。

しかし…。

この記事へのコメント

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No Name
「気持ち悪りぃな」発言の男は何なんだ? お前が一番キモいけど。そもそもカクテルは混ぜて作るのに、混ざってると気持ち悪りぃとかアホなの? コーヒーとMIXした有名なカクテル結構有るのに。
2024/07/17 05:2734返信5件
No Name
純日本人に見えないから、バーでぼったくられるような話だったら嫌だなぁと思いながら読んだけど、なかなかいいお話だった。テオの居場所は育ったNYでいいと思う。そこで頑張って夢叶えて欲しいよ。
2024/07/17 05:1729
No Name
その変な奴はシャンディガフもレッドアイも気持ち悪りぃなと言うんだろうか?
お前が気持ち悪いんだよ。
2024/07/17 06:1912
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