2024.06.27
離婚カレンダー〜夫婦の正しい終わり方〜 Vol.11
◆
先日の真壁との作戦会議から、3週間が経った。
先日ファストファッションで買い求めたウールのスーツを纏い、楓は今日も家庭裁判所を訪れる。
初夏から始まった調停だが、今回ですでに5回目。
最初はあれほど緊張していた家裁だったが、この味気ない簡素な調停室にもすっかり慣れてしまった。
不安は依然としてあるが、調停委員という仲介者がいて、真壁という味方がいるのは、楓にとっては大きな安心だ。
しかし、今日目の前に座っているのは、初回から担当している年配の女性調停委員といつもとは違う男性調停委員だ。担当が変わったらしい。
すでに定年していてもおかしくない年代の男性調停委員に、楓は少しがっくりした。男性の肩を持ちそうな世代だと思ったからだ。
「なるほど、ご提出いただいた表を拝見すると、たしかにご主人は同居しているように感じますね」
女性の調停委員が言ったが、男性の調停委員はただ資料に目を落としていた。
だが、その後、彼から意外な意見を聞くことができた。
「どっちが嘘で、どっちが本当かという話ではないんですよ。きっとお2人とも、自分の言っていることが正しいと感じてらっしゃる。
ですが、小さなお嬢さんもいて、楓さんはこれから仕事も見つけなくてはならない。なかなか大変なことです」
同席していた真壁が言った。
「おっしゃる通りです。何度も申し上げているとおり、いきなり相手方が家を出てしまい、小さなお嬢様を抱え大変困っています。財産分与の基準日は、基本“別居時”であることは承知していますから、今年の2月が基準日だというなら、私共も納得します。
でも提出した資料では、夫婦の間には、協力して子どもを育てている関係があったことはわかりますし、また夫婦間のコミュニケーションもありますよね?別居したのは、4年前ではありません。
別居している夫婦が実際このようなやりとりをするでしょうか?」
男性調停委員は少し考えてから言った。
「そうですね、この資料を見た限りでは、普通の同居している夫婦に見えます」
調停委員の言葉に、俯いていた楓は顔を上げた。真壁も頷きながら同意する。
「ですよね?私もそう思いました」
すると女性調停委員が、別の資料をめくりながら口を挟んだ。
「ところで、今回光朗さんが保有している有価証券を公開するよう求めている件ですが」
待ってましたとでも言うように真壁は、先日楓が見つけた開示されていない財産について話し始めた。
「ご主人のPCの履歴から株を保有していることを知りましたし、また自宅にあったアタッシュケースからインゴッド、つまり金も見つけています。
こうしたことからも、相手方は開示している以上の資産を保有しているのはお分かりかと思います。
また今楓さん親子が住んでいるマンションを購入した時期などを考えると、楓さんに分与をしたくないばかりに、別居を主張していると言わざるを得ません」
真壁はズバリと言い切った。2人の調停委員は顔を見合わせた後、女性調停委員が言った。
「とりあえず、裁判官がどう思われるか聞いてみます。あと一回お呼び出ししますので、待合室でお待ちください」
真壁と楓は、調停室を出て待合室に向かう。
「今日って、夫は来ているんですか?」
楓が調停室の方を振り向きながら、真壁に尋ねた。
「今日はいらっしゃってるみたいですよ。でも安心して。終わりの時間は私たちの方が30分ほど後ですから」
今の光朗は、どんな様子なのだろう。どんな表情で4年前からの別居を主張し、どういう言い方で楓に対しての不満や嫌悪感を伝えたのだろう、と思う。
光朗も今、同じ建物(この家庭裁判所)の中にいる。その事実が、楓には信じられなかった。
待合室に戻ると、女性が1人長椅子に腰掛けて手帳にメモをとっていた。すぐに彼女は名前を呼ばれ、待合室を出ていく。
それを見て真壁が言った。
「日本は協議離婚をする方がほとんどですが、調停で離婚について話し合いをされる方でも、全員弁護士がついているわけではないんですよ。
今の彼女みたいに、自分で資料を作り、調停に挑まれる方も結構多いんです」
楓は、出て行った女性が調停室に入っていくのを目で追った。
「それはどうしてですか?」
弁護士というプロに頼まずに、自分で調停に挑む理由が楓にはわからなかった。
「それは、弁護士に頼むには費用がかかるからです。何千万も資産があるご家庭は、そう多くはありませんから」
「そうですよね。ゴールドだの株だのが出てきたので、つい、お金を取ることに必死になっていました。私…」
自分は恵まれているのだと、楓は改めて思った。だが、真壁にすべてお膳立てしてもらっているうちに、目標そのものが離婚ではなく、財産を勝ち取ることにすり替わっていた気がする。
しかし、今、披露宴からヒントを得た資料作りのおかげで、楓は冷静さを取り戻しつつあった。
夫が松島さくらと交際していたことは事実だが、楓と年表のような生活を送ってきたのも事実だ。
浮気だけにフォーカスすれば、ただ夫を憎む気持ちしか湧いてこない。
でも、自分にも至らない点があったのかもしれない。そう自分自身を振り返る気持ちも、今更ながら出てきたのだった。
「だけど…財産は要りません、なんて言う勇気は、私にはありません。これから娘を幸せにするのに必要だから。
ただ、何がなんでも、1円でも多くむしり取ったりして…。そのことで険悪な関係のまま離婚することになって、娘がパパと会いづらくなることだけは避けたいと思います」
待合室の簡素な長椅子に、真壁と横並びに腰掛けながら、楓はポツリと漏らす。
真壁の事務所に出向いた時には、決して出てこない本心だった。
― そうだ。私、離婚を、夫に復讐するための道具にはしたくない。前を向いて進むためのキッカケにしたい。
改めて自分の気持ちを確認した楓の胸に、強い気持ちが湧いてくる。
それは、光朗に離婚を迫られて以来はじめて抱く、あふれんばかりの勇気なのだった。
▶前回:夫が妻に内緒で隠し持っていた、2,600万円相当の隠し財産。秘密を知った妻が取った行動
▶1話目はこちら:結婚5年。ある日突然、夫が突然家を出たワケ
▶NEXT:7月4日 木曜更新予定
次回、最終回! なぜ夫はあんな主張を?財産分与調停の結末は?
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