2024.05.20
未来のWISH LIST Vol.1◆
午後になり、動画撮影が無事に始まった。
亜希子のインタビューをカメラの隣で見ながら、未来は思わずため息をつく。
― 亜希子さんに、ふがいないところを見せちゃった。
未経験だった機材のセットは思いのほか時間がかかり、開始時間ギリギリまで髪を振り乱して準備をする姿を、亜希子に見られてしまったのだ。
今、亜希子は涼しい顔でインタビューに答えている。
「広報に配属されてすぐにアサインされたのは、東京オリンピック協賛のプロジェクトでした。その経験は、他の業務にも役立ちました。今は、社内ベンチャーの立ち上げが一段落したところです」
― 亜希子さん、今日もかっこいい。それに比べて私は…。
未来は、この日何度目かのため息をついた。
動画撮影の後、段取りの悪さを謝る未来に、亜希子は優しく言う。
「仕方ないよ。コロナ禍の時は自宅からのリモートインタビューだったから、準備がこんなに大変だなんて知らなかったよね。未来ちゃん、お疲れさま!」
― はあ、またコロナ免罪符。優しさは嬉しいけど、本当につらい…。
「この後時間ある?コーヒーでも飲もうよ」
未来は、亜希子に誘われて、会社のカフェテリアに移動した。
浜離宮庭園の緑が綺麗に見渡せる窓際のカウンター席で、未来は熱いラテを飲みながら、弱々しい声をあげる。
「私、一人前に仕事ができる気がしていたけれど、実際に会社に来てみたら、何もできないんです」
会社は、銀座からほど近くに位置している。浜離宮庭園の緑が、未来の目にまぶしく映った。
「オフィスのことを何も知らないし、こんな素敵な場所に会社があるのに、飲み会もお食事会も、まだ全然経験なくて…」
「確かに、未来ちゃんたちの状況って特殊過ぎるよね。入社していきなりリモートワークでしょ。画面越しに初めましての名刺交換なんて、ちょっと前ならお笑いのネタだったよ」
入社してすぐ、300人を超える同期でリモート懇親会をやったなんて言ったら、亜希子はどんな反応をするだろう。
「そうだ、未来ちゃん、私からビッグニュースです」
亜希子はアイスラテを一口飲むと、いたずらっぽく微笑んだ。
「私、退職しまーす!辞めて、カナダに留学するの。あ、まだ周りには内緒ね」
「えっ!亜希子さん、うそでしょ…」
未来は絶句した。
「会社でやりたいことはもうやり尽くした!ねえ、これ見て」
亜希子は、今どき珍しい紙の手帳を開く。
「え、何ですか?いろいろ書いてあるけど…。プロジェクトマネジメントを身に付ける、社内ベンチャーを立ち上げる、自分の経験を伝える…?」
亜希子の力強い文字を読み上げ、未来は首をかしげた。
「それね、私が20代のうちに仕事で経験したかったこと、『ウィッシュリスト』なの。先日めでたくすべて達成しました!」
「ウィッシュリストですか…」
未来にはあまりピンとこない。
「でも私、まだ28歳でしょう?だから今度は仕事抜きでやりたいことを思う存分やっちゃおうと思って。幸か不幸か結婚の予定もないし。
あれ、未来ちゃんは、長く付き合っている彼氏がいるんだっけ?」
未来の脳裏に、もうすぐ交際4年になる恋人の顔がちらつくが、今はそれどころではない。
「そんな話より、亜希子さんの話です!」
亜希子は、うふふ、と笑って続けた。
「どうしようもない理由で、状況は変わるでしょう?オリンピックの仕事をしてたときなんて、延期に、無観客開催に、プロジェクトが何度も白紙に戻って、そのたびに立ち上がってまた走り出すのはさすがにつらかったし」
亜希子のアイスラテの氷がカランと音を立てる。
「だから自分軸のゴールを決めて、小さくても達成感を味わおうと思ったの。それがこのウィッシュリスト」
「その考え方、すごい…」
未来の言葉に、亜希子はうふふ、と笑った。
「そんなに大層なものじゃないのよ。興味があることを、気軽にリストにして、達成できたら素直に喜ぶの」
「気軽に…。私にも、できるかな?」
未来が独り言のようにつぶやくと、亜希子は大きくうなずいた。
「未来ちゃんたちの状況って、本当に仕方がない。それよりも、今からでもできることに目を向けていこうよ」
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