2024.04.13
アオハルなんて甘すぎる Vol.11― 提案?あれは提案なんかじゃない。
一方的に決定事項だと言ったくせに、からかうような口調で意地悪な腹立たしい。
「宝ちゃんを下まで送ったら、私はまた戻ってきます。だから…」
「宝さんが望んでこの話し合いに参加したんだから、最後まで責任をもって見届けてもらわないと。違うか?」
私は言い争う両親を前におとなしく座っているタケルくんを見た。うつむき加減ではあるけれど、こちらの様子をうかがっているのが分かって切なくなった。華奢で小さな男の子がうつむいて耐えている姿を見るのはとても苦しい。
「…愛さん、私を心配してくれてるんだったら、私、大丈夫です。座りましょう」
「…宝ちゃん、そういうことじゃないの…」
「私なら本当に大丈夫です」
私のことよりタケルくんをと言った私に、愛さんの困ったような目が、私とタケルくんの間を揺らいだ。
「宝さんがそう言ってくれてるのだから、愛、座りなさい」
愛さんの視線がタケルくんにもう一度動いて、私の手を離し、あきらめたように元の位置に座った。それを満足げに見届けたタケフミさんが、ところで、と言った。
「宝さんは、どこまでうちの事情をご存じなのかな?」
「…事情?」
「ええ。どうして我々が離婚して、どうしてタケルが私と暮らしているのかということですよ」
― 正直に話してはいけない気がする。
そう思ったのに。
「…ああ、その顔はそこそこの事情をご存じなんですね」
宝さんはわかりやすくていいなぁと、タケフミさんが愛さんを見た。
「愛、お前、どこまで喋ったんだ?」
「愛さんからは何も聞いていません」
愛さんの立場が悪くなる気がして、思わず答えてしまった。タケフミさんの、にやり、と言う笑顔にゾクッとする。
「愛さんからはということは。違う誰かから聞いたんですね。予想してみましょうか。私と愛が離婚した時から愛の周辺にいて…今も愛と変わらぬ付き合いがあってあなたが知り合う機会があるような人物」
「…」
「…川上雄大とかいう、不動産業の男」
― 雄大さんが私に話してもまずいことなのだろうか。
ただ離婚のいきさつを口伝に聞くことが悪いことだとは思えず私は困惑した。でもタカフミさんのまるで尋問のような話運び、そして額に手を当てうつむく愛さんを見ていると自分がひどい失態をした気持ちになり、心拍がまた上がり始める。
「あの男がなんと言ったか知りませんが、あの男こそ離婚の原因。愛の不倫相手ですから」
― 愛さんと雄大さんが不倫?
そんなわけない。私がそう思った瞬間、愛さんが言った。
「タケルの前ではやめてくださいと何度もお願いしたはずです」
「事実なのだから仕方がない」
「何度もいいますが、事実ではありません。あなたは自分が有利になるために…」
愛さんの言葉がタケルくんの視線を受けて止まり笑顔を作った。その笑顔は少しぎこちなかったけれど、大丈夫だからね、ごめんね、とタケルくんを安心させようとしている。そして愛さんがその先の言葉を続けることはなかった。なかったのに。
「有利になるために?私が、お前とあの男の関係を捏造したとでもいいたいのか?お前がこの子を置いて…タケルをほったらかしてあの男に会いに行っていたということは事実だろう?」
「タケル、違うよ。ママはあなたをほったらかしになんかしない。本当よ。そんなことは絶対ないからね。あなたより大事なものはないって、ママいつも言ってるよね」
愛さんの言葉にタケルくんがうつむいた。それを見た愛さんが眉間にシワを寄せ、唇をかみしめた。
10歳の子どもが、不倫という言葉の意味を理解しているかどうかはわからない。でもなんという父親だろうか。どんな神経をしていれば、母親が他の男に会いに行ったなどの表現を、母を慕う子の前で平然とできるのだろう。
愛さんは不倫アレルギーだし、雄大さんは、不倫なんて、一番効率の悪い行為で不毛だと一笑していた。そんな2人の間で不倫関係が成り立つわけがない。
タケルくん、あなたのお母さんは絶対に不倫なんかしていない。あなたをほったらかして誰かに会いに行くような人じゃない。その気持ちを込めて、タケルくんを見つめたけれど、うつむいたその顔は上がらないままだ。
― そもそも、不倫も離婚の原因もこの人のはずなのに…!
こんなにも平然とウソを真実のように話せる人がいることに驚く。愛さんがタケフミさんの不実を責めないのはきっと、タケルくんの前だからだろう。どんな人でもタケルくんにとってはたった一人の父親だから。
その愛さんの気遣いを無遠慮に踏みにじる最低な男。そんな男が宝さん、と私を呼んだ。
「タケルは背負う者の務めと共に生まれてきた。先ほどあなたは、親なら当然とかおっしゃっていましたが、私は親だからこそ、この子のために動いている。子に一番適した教育を施すことが親の務めです。それを…」
タケフミさんが愛さんを見る。
「無暗に甘やかす存在は、うちには必要無いんですよ、母と名乗り続けたいのならば、最低限のルールを守るべきだったのに、今回、愛がルール違反をしたわけです」
「…」
「携帯を買い与えて、その上進路に口出しをしてくるのならば、もう終わりだ」
「…申し訳ありませんでした。…口を出すつもりはなかったんです…」
「もう遅い」
― 愛さん!?なんで謝るんですか…!?
自分では良かれと思ってしたことが、相手を傷つけること、この日常に溢れていますよね。自分も気をつけなければと思いました…
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