2010.11.22
変わりゆく東京、進化するグルメ 「東京美食エリアガイド」 Vol.3『銀座』。街の格を負う和の新鋭
銀座は有名無名問わず多くの料理人が目指す街。
そしてその味を求めるお客が集う街。
生き馬の目を抜くこの場所だからこその、物語がある。
「形から入り、形を抜ける」。
古くから日本の芸能、芸事で言われ続けてきたこの言葉は、日本料理にも当てはまるに違いない。高みに自らを置き、先達の仕事をくり返し見て、倣い、技術を身につける。その先にある心得を得るためにまた、くり返す。
今年8月末、昭和通り向こうの銀座の路地裏に『一二岐』を構えた吉澤定久氏は、栃木県出身。寿司屋を営む実家を手伝い、日本料理人となることを夢見た。修業するなら本場でと、19歳で上洛。京都『新山』などで合計8年を過ごした。彼の地で見た料理人の卵たちを、吉澤氏は覚悟が違うと評する。上昇志向の強い人々、料理屋の息子たち。金よりもまず、手にいい仕事をつけること。それが最優先の、弟子たち。
「早く一人前になる。ただそれだけを思い歯を食いしばる姿に、自分もまた負けたくはないと、ただそれだけで」
いいものを見て、手なりを調える。美しい味を知り、訳を探る。吉澤氏にとって当たり前の修業の形が、確実な血肉となったことに彼が気付いたのは、東京へ移住してからだ。当初は栃木での開業を目指したが、東京の水が肌に合い、この街で勝負に出る。32歳での独立。場所は土地勘のある銀座と決めていた。それも路地裏。
「食材を活かし、しかし手をかけ季節感を伝える。心がけているのは、それだけなんです」
魚は、高知県産を随時、空輸で。野菜は日々、築地で。旬の松茸に、なごりの鱧を合わせる。八寸には銀杏の葉や稲穂を盛り込む。京都で吉澤氏が身につけた「自然」が、皿の上に載る。東京で出合った、店内で焼くかつおのわら焼きは、今の店にも取り入れた。いいと思ったものは学ぶ。そして、自分のものにする。だが遊び心は持っても、遊びはしない。
「コテコテの和で、いきます」
その軸はぶれない。
「自分は無名ですから」
そう控えめに語る吉澤氏。だが昼に訪れた近隣の勤め人が夜に訪れ、その口コミがまたお客を呼び、13席の店は少しずつここに足場を固めつつある。名より実を取るお客たちが選んだ、彼ならではの端正な味。それはきっと『一二岐』を得た吉澤氏自身が、形を抜けた先に出合った自分の味に違いない。
「わざわざ、この店を選んで、来て貰えたら」
小さな店が軒を連ねる銀座の、薄暗い路地裏。ぽつんと点る灯りを、もう探し当てて来るお客が、ちゃんといる。
銀座『うち山』、赤坂『津やま』を経て独立した山西和文氏。そこに加わるのはきんぴらごぼうなどの家庭料理。好対照に地味で素朴だが、出しを煮含ませた大根の味わいは日本料理の逸品に昇華された。
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