惹かれ合う男女が、必ずしも結び付くとは限らない。
その理由はさまざまあるが、その多くはタイミングを逸することにあるように思う。
あのとき電話をしていたら……、臆せずに手をつないでいれば……、決定的な言葉を発する勇気があれば…。
ここに、まさに今恋のタイミングを計る男がひとりいる。
彼には、意中の彼女を落とすための秘策があるようで……。
広告代理店営業職・達也(30歳)の恋の行方
「ん、美味しい♪ さっきの創作イタリアンも最高だったし、女性慣れしてる達也くんらしいさすがのチョイスね」
3月下旬の金曜。
広告代理店の営業として働く達也は、会社の先輩である志乃と銀座にあるバーを訪れていた。
「僕が遊び人みたいな言い方しないでくださいよ。この店、お気に入りなんです。女性と一緒に来たのは志乃さんが初めてです」
達也が忍ばせた自然な口説き文句を、志乃は笑顔でいなしながらワインを口にする。
達也より3歳上の志乃は、大企業のクライアントを数多く担当するやり手の営業だ。
同じプロジェクトチームに配属され、志乃の働きぶりを間近で見るうちに、達也はいつしか彼女に惹かれていた。
そんな気持ちを確かめるべく彼女をデートに誘ったのは、先月のこと。
1回目、2回目と好感触で、今日が3回目のデート。つまり正念場だ。
時刻は23時。
― そろそろ家に誘ってもいいタイミングだよな。
志乃は酔っているのか頬を赤らめながら、ワイングラスのふちを細い指でなぞっている。
その艶やかな姿に、達也は思わず見惚れてしまう。
― 付き合う前から女性にこんなふうに夢中になるのは、初めてかもしれない。
達也は、いわゆるモテ男だ。
学生時代から数多くの女性と関係を持ってきたが、そのどれもが女性側からのアプローチをきっかけにしたものだった。
そのため達也には自分からアプローチをするという経験がなく、志乃との関係を進展させる方法を見つけられずにいた。
そんな達也の想いに気づかぬように、志乃は腕時計に目を落とす。
「もうこんな時間ね。今日はありがとう」
◆
朝日が差し込む、麻布十番のハイグレードマンションの一室。
都会的でおしゃれな家具が並ぶ部屋で、達也は目覚めた。
― ああ。結局、昨日もうまく誘えなかった。
くじけそうな気持ちでスマホを見る。
志乃からは「ありがとう、ぜひまた」というシンプルなLINEメッセージが入っていた。
社交辞令ともとれる微妙な内容。もどかしさが募る。
LINEを閉じたとき、ある記事が「おすすめ」として表示されているのが目に入った。
半ば反射的に、達也はそれをタップする。