2024.02.24
アオハルなんて甘すぎる Vol.5雄大さんたちに出会えなければ、ここを訪ねることはない人生だっただろうと思うと、改めて西麻布での出会いに感謝したくなった。
一通りの見学が終わると、ドメーヌが経営しているというレストランで、食事をとった。食事中、雄大さんは、改めて私とシェフ…伊東さんをお互いに紹介してくれた。
伊東さんの下の名前は智春さんで、こちらではトモって呼ばれてます、と笑った顔が童顔、というか若々しくみえて年齢を聞くと、36歳だという。コックコートを着ていないと随分印象が変わるんだな、なんてことを考えていると、雄大さんが、実はさ、と私を見た。
「今日はシャンパーニュ訪問、といいつつ、宝ちゃんと伊東くんを話させたかったんだよね。彼の人生、面白いから。2人で話してみて。伊東くんは了承済み」
というと、オレは日本に買って帰るシャンパーニュを選んでくる、と止める間もなく立ち去ってしまった。
― ちょっと待って!いきなり2人きりにされても…!
人見知りが大爆発しそうになった私に、伊東さんがほほ笑んでくれて、なおさら緊張感が増す。僕も宝ちゃんって呼んでいいですか?と言われ、断る理由もなく、頷いた。
「…なんでシェフになろうと思ったんですか?」
伊東さんに、何が聞きたいですか?と問われてひねり出した私の最初の質問は、あまりにもありきたりな気がして恥ずかしくなったけれど、伊東さんはまじめに答えてくれた。
伊東さんは鹿児島県の生まれで、居酒屋を営んでいたお父さんの影響で料理が好きになり、高校卒業後、東京の料理専門学校へ。優秀な成績で卒業し、憧れていたフレンチレストランに入ったけれど、すぐに周囲とぶつかってしまったという。
「当時のオレは相当調子にのってたと思う。先輩たちより自分の方が才能あると思ってたから。そのやり方、古臭いっすよ、とか平気で言ってたし。皿洗いとか野菜を大量に切るとかばっかりやらされる毎日に、早く料理を作らせてくれ!って、めちゃくちゃ焦ってた」
「まだ20歳くらいですよね?なんでそんなに焦っていたんですか?」
「東京での成功っていうのにものすごく憧れてたんだと思う。上の先輩たちが、入社して3年以上たっても、まだちゃんとした料理を任せてもらえないのとかを見ていて、オレは絶対あんな風にならないぞ、とも思ってた。
あとは、金?当時のオレは、金=成功、って思ってたから。何年たっても給料が上がらない日本の飲食業って、ほんとダメだ、って文句ばっかり言ってたし。今思えばいろんな事情があったのにね」
今の伊東さんの穏やかな印象からは、とてもそんなに尖っていたとは思えない。そう伝えると、その後バッキバキに挫折しまくるからね、と笑った。
「学校の紹介で入ったのは、東京でも老舗の有名フレンチ店。その古臭い体制に嫌気がさして、自分から辞めたのが、働いて1年経った頃。でも次の店でもうまくいかなくて周りともめた。
オレは、まかないを作らせてほしい、とか、とにかく自分の料理を見てもらいたくて必死だったんだけど、同世代の子たちは自分に与えられた仕事しかしない。それが努力してないように見えて、イライラしてさ。
もっとレベルの高い環境で働きたいって文句ばっかり言ってた。オレに今足りないのは、自分を活かしてくれる環境だ、ってね。意見することが正義だと思っていたから、とにかく主張した。
当然、店になじめないし、居づらくなって、また辞める。そんなことを繰り返しているうちに、日本の有名店では噂がまわってね。オレを雇ってくれる店はなくなったんだ。それが、25歳くらいかな」
「それで、どうしたんですか?」
「わかってくれない日本のレストラン文化が悪い!ってなった。それで日本を飛び出して、フランスに行こうと思った。フランスで認められたら、日本の自分をバカにした人達を見返せる、ってね」
伊東さんは、フランスにツテなどなかったが、オーナーはフランス人で日本人がシェフというパリの1つ星レストランに連絡を入れた。すると、とりあえず1年間はワーキング・ホリデービザで雇ってもらえることになったという。
パリに行くまでの半年でバイトを掛け持ちし資金を貯めて、人生を変えるためにフランスへ。しかし言葉の壁もあり、そう簡単に上手くいくはずもなく、最初の頃はストレスで体調を崩すこともあった。そんな伊東さんを、2つのことが救い、奮い立たせる。
「1つは、これまでパリで働いてきた日本人シェフたちの仕事の丁寧さ、真面目さのおかげで、お前も日本人なんだから絶対お前にもできるよ、って、何度失敗しても信じてもらえたこと。オレ、初めて先輩っていう存在に感謝したよ。そしてもう1つは、期限、だね」
「期限、ですか」
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