『引っ越しました!』
白い壁の戸建てをバックにした家族写真。
2台の外車が停まっているところを見ると、夫婦それぞれが1台ずつ車を所有しているのだろう。
― どこに引っ越したんだろう。
彼女の職場は渋谷、実家は確か中野だったはずだ。
果奈の自宅は目黒区東山。もし近所なら、ぜひ遊びに行きたいと果奈は思った。
『久しぶり、いい写真ね!どこに引っ越したの?』
果奈が思わずDMを送ると、すぐに返信が来た。
『果奈、久しぶり!横浜市青葉区よ』
― 青葉区…?余計なお世話かもしれないけど、なんで通勤するにも実家に行くにも不便な場所を選んだんだろう…?
『青葉区か!ホントに素敵なおうち。お引っ越しおめでとう!』
果奈が返信すると、しばらくして、長文のメッセージが届いた。
彼女からの返信を、スクロールしながら読み解くと、つまりは子どものお受験に失敗してしまったのがきっかけで、引っ越ししたということだった。
彼女は幼稚園、小学校と宝仙学園に通ったので、娘も同じように宝仙学園に通わせたく、受験させたらしい。
自分は卒業生なのだから楽勝だろうとタカをくくっていたが、満3歳、年少とまさかの2年連続不合格。
『仕事もお受験のためにやめたのに、もう東京で頑張る気力もなくなっちゃって、思い切って家を買ったの。
青葉台なら、横浜、川崎方面の私立校へのアクセスも良いし、引っ越したらまた頑張れそうな気がしてきた!』
友人からのメッセージはこう締めくくられていた。
『果奈も、お子さんそろそろ幼稚園だよね。もちろん小学校受験するんでしょ。がんばってね!』
― 小学校受験か。考えてもみなかったわ。
果奈は、自分の記憶をたどった。
果奈が通っていたのは、JR中央線の駅からバスで数分のところにある私立の一貫校。
2人の兄と同じ学校で、小学校から大学まで過ごした。
きれいに整備された広大なキャンパスでの、のびのびとした学校生活。
― 翼も同じ学校生活を送れたら…すごく素敵じゃない?
果奈は続けて、小学校受験のときの記憶をたどる。
当時は、幼稚園を早退し、母と一緒に幼児教室に通っていた。
― 翼は朝から晩まで保育園だし、私は働いているし、お受験なんてうちには無理か。でも…。
『息子を自分と同じ学校に通わせる』という思いつきを、果奈はどうしても捨て去ることができなかった。
ふと気がつくと、時刻は17時55分。
外を見ると、翼の保育園まであと数百メートルというところで、タクシーは渋滞に巻き込まれていた。
「すみません、ここで降ります!」
急いでスマホで支払いを済ませると、果奈は残り数百メートルを全速力で走りだした。
「東出翼の母です。お迎えに来ました!」
時間ぴったりに保育園に着き、汗だくで担当の保育士に向かって叫ぶ。
その声で果奈に気づいた翼は、遊んでいたおもちゃを持ったまま笑顔で走ってきた。
「ママみてー!トーマスと、しーぱー!」
「機関車トーマスとパーシーで遊んでたのね…」
全力疾走で体力を使い果たした果奈は、翼の柔らかい髪をなでると、園児用着替えスペースでがっくりと膝をついた。
この記事へのコメント
コメント欄の治安が悪くなるから怖いわ。
コメントで色々突っ込まれるんだろうな。
やれ、そこの学校は偏差値低いだの、ライターは現状把握してないだの…受験ネタって謎にムキになるコメントが多いから苦手。