「綺麗な花を咲かすには、大変な苦労があることを知っている人でありたい」
奈緒さんに、ふとこんな質問をしてみることにした。
30代を控えて守りたいものは?
「生活を大切にしたい」
彼女の答えに迷いはなかった。
「きちんと食べる。寝て起きる。自分が好きなモノやコトにしっかり向き合う。日常におけるありふれた営みを大切にできる人でありたい。女優は特別な人間ばかりを演じるのではないのですから」
たしかにそうだ。女優は華やかさの象徴でもあるが、市井の人を演じるなら地に足のついた生活を知っていた方がいいに違いないし、でなければ共感を呼べないだろう。
そんなことを思っていると、奈緒さんの口からはこんな言葉が漏れた。
「綺麗な花を咲かせるには、土いじりをしたり、湧いた虫を駆除したり、手間をかける必要があります。一夜で急に咲いたのではないということをわたしは常に意識していたい」
思わずはっとさせられた。発する言葉のひとつひとつが丁寧で選び抜かれている。何故なのか。
奈緒さんは懐かしそうに顔を綻ばせて、こう言った。
「福岡でタレント活動していた高校生の頃、リポーターとしていろんな方にインタビューさせていただきました。そのときスタッフさんが教えてくれたんです。
わたしたちが日頃何気なく使っているコップにしても、完成に至るまでにはさまざまな人が関わり、唯一無二の物語が紡がれている。そのことを理解するかしないかで、自分の目の前に広がる世界はまったく違って見えるのだと。
振り返れば、わたしは多くのひとに諭していただきました。恵まれていたとつくづく思います」