トイレに行くと、案の定…。
「あ~あ~、今月も来ちゃったかぁ」
いつも通りの周期で、生理が来ていた。
ガッカリするような、ホッとするような、複雑な感情が湧き上がる。
結婚して3年目。夫婦仲は良好、コロナの直前に結婚式を済ませたし、新卒から働いている今の会社でのキャリアも長くなってきた。いつ妊娠したって支障はない状況だ。
“妊活”というほど力を入れて取り組んではいないものの、「いつか子どもができたらいいね」と祐樹と言い合いながら、日々を過ごしてきた。
― でも正直、今の生活だって気に入ってるんだよね。
夫婦ともに外資系企業で働いていることもあり、私たちは同世代の夫婦の中でもそれなりに裕福な方だと思う。祐樹は年収1,500万円、私も1,000万円を稼ぐ。
乃木坂のこのマンションは、2LDK・65平米の広さだ。それなりに値ははったものの、ペアローンで購入することができた。ショッピングも外食も、旅行だって、かなり自由に楽しめている。
お互い仕事は忙しいが、共働きだからこそ、互いにそのツラさを理解しあえているのだ。
ここに、“子ども”が加わったら、と考えると、楽しみではあるが、この優雅な生活を失うかと思うと不安もある。
悶々とした思いを抱えながら、ダイニングに向かう。
「彩奈?大丈夫?」
「あ…。ううん、なんでもない」
心配そうな表情の祐樹に、私は笑顔で返す。本腰を入れて妊活に取り組んでいるわけでもないから、自分の体のサイクルのことは、祐樹にいちいち伝えてはいない。
祐樹との出会いは、早稲田のバスケットボールサークルだ。お互いに商学部だったこともあり、同期としてずっと仲良くしてきた。
在学中は特に付き合うことはなかったけれど、28歳の時にサークルの集まりで再会した。そこから、何度か会ううち自然と付き合う流れになり、30歳で結婚した。
お互い忙しいなか、うまくやっていけているのは、そうやって長いこと築き上げてきた関係性のおかげかもしれない。
「今日の同窓会さ、健司も来るらしいよ。茨城から東京に戻ってきたんだって」
「あ、そうなんだ。知らなかった」
祐樹がつくってくれたふわふわの卵焼きを口に運んでいると、彼がふと思い出したように“健司”の名前を口にした。
健司は、私の大学時代の元カレだ。
元カレといっても、付き合っていたのは大学2年から3年の1年程度。
教育学部の彼は卒業後、大手通信会社に就職し、営業職として新卒から栃木や茨城の支店などを転々としていた。
もちろん、祐樹も私と健司が付き合っていたことは知っている。
「うん。あと、この前子どもも生まれたらしい」
「…ふーん」
祐樹の言葉に、私は相づちだけ打つ。
― そっかぁ。健司と“あの子”もついに、子どもを持ったんだ。
友人の出産のニュースなら手放しでお祝いできる私だけど、今回は喜びや祝福の気持ちに加えて、複雑な感情が胸に湧き上がった。
それは、相手が元カレの健司だからか…。
あるいは、“あの子”の話だから、だろうか。