― …またか。
『わかった。夕食は?』
『不要』
柚は一人、肩を落とした。
こんなふうに食事の用意がムダになることが、ここ2ヶ月続いている。
本当は、嫌味のひとつでも言いたい。連絡をしてくれるだけいいが、もっと早い時間にわからないのか。しかしそれでも賢也を労いたい気持ちが上回り、明るく返事をするのだった。
『そっか!例のシュクメルリ作ってみたの。明日食べてね!』
かわいい猫のスタンプと共に送ると、賢也から返信が来る。
『しゅくめるり?なんだっけ』
『ほら、週末テレビで見たやつ!』
『そうだっけ』
そっけない返信に、柚のワクワクした気持ちは一気に冷めてしまった。
― …賢也、最近どうしたんだろう。お仕事が大変なのはわかるけど、冷たすぎる。
「私、なんかしちゃったのかな」
コンロの火を止め、リビングのソファに寝転ぶと、やるせない気持ちでいっぱいのままInstagramを開いた。
「あ…いいなあ」
指輪と婚姻届の写真。「#さっそく式場見学予約」のハッシュタグ。同じマーケティング職で活躍している、後輩の投稿だ。
― いいなあ。私も、賢也と式場探ししたいなあ…。
交際4年目になっても、賢也は結婚について何も言ってくれない。そのことに柚は、ひそかに不安を募らせていた。
しかし、不安になるたびに自分に言い聞かせるのだ。
「仕事が大事な時期っていうのもあるもんね。28歳なんて、特に正念場よ」
しかしそのとき、柚はふと自問した。
― 最近忙しそうなのって、ほんとに仕事が理由なのかな?
賢也はこれまでだって、大きなプロジェクトを任されたり、海外を飛び回ったりしていた時期が何度もあった。
それでも、どんなに忙しい時期も短い電話をこまめにくれたし、会話の内容もしっかり覚えていてくれた。
「……もしかして、浮気だったりして」
これまでは、なんの疑いもなく仕事が理由で遅くなるのだと信じていた。賢也が女関係で自分を裏切ることがあるなんて、まったく想像ができなかったのだ。
しかし、一度疑いの気持ちを持ってしまうと、その感情はなかなか晴れない。
まっすぐ信じる気持ちに、突如暗い影が落ちた。
◆
0時すぎ。
賢也がようやく帰ってきた。
「ただいまー」
賢也はそっけなくそう言っただけで、すぐにお風呂に入ってしまった。今日はなんと、浴室にまでスマホを持ち込んでいる。
柚はそっと立ち上がり、賢也の部屋のドアノブに手をかけた。
― ごめん、賢也。こんなことしたくないんだけど、許して。…私はとにかく安心したいだけなの。
心の中で繰り返し詫びながら、賢也の仕事用のカバンのチャックを開け、茶色い革の手帳をそっと取り出す。
賢也は、予定をアナログで管理する人間なのだ。怪しいことがあるとすればきっと手帳にも書いてあるだろう。
「えーっと」
5月のページを開いた、そのとき。
強烈な違和感を放つある文言が、柚の目に飛び込んできた。
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賢也の手帳の中に見つけた、浮気の証拠。
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この記事へのコメント
最終的には友達とハッピーエンドが最近の東カレ小説の流行り?!だから。