「僕、会計士の資格持ってるんで、結構こういう相談受けることあるんです。
今の莉子さんの状況だったら、こういうセミナーに行って正しいお金の知識が身につくことが安心に繋がると思いますよ!」
「へぇ、女性ためのマネーセミナーか…」
そう矢野くんに勧められるがまま次の休日にマネーセミナーを受講。オンラインなので気楽だし、自宅で集中して聞けるのもよい。
セミナーを終えた莉子は、久々に心の底から清々しい気持ちを噛み締めていた。
女性が1人で生きていくうえで必要な金額や、ストレスなくお金をふやす方法を、講師がわかりやすく教えてくれたのだ。
― 私、「女ひとりで生きていく」っていう将来に怯えるあまり、今まですごく効率の悪いお金の貯め方をしていたのかも…?
リスクを避けるばかりで愚直に貯金を続けるだけでは、結果的に“備え不足”という大きなリスクを招きかねない。
老後の必要資金など詳しく知ることができた莉子は、今やっと、未来のために何をすべきかが見えたような気がした。
銀行にお金を預けておくだけではなく、運用という選択肢があること。
日本円だけでなく、外貨をもつことでリスク分散させるという考え方があること。
お金の専門家から、これまで誤解していた”資産運用のリスク”を詳しく聞けて、不安が和らいだのだ。
莉子は、スマホからネットバンクの口座を確認する。
そして、頑なに手をつけずに守り続けてきた500万円を活用して、外貨投資にチャレンジすることを決めたのだった。
◆
― 爪も伸びてきたし、そろそろネイルサロンに行こうかな…。あ、憧れの銀座の超高級お寿司も予約取らなくちゃ!
数ヶ月後。
噂の通りに冬のボーナスは大幅減額となったものの、莉子は上機嫌で寿司屋のランチ行列に並んでいた。
今日のお店は、いつもよりもほんの少しだけ贅沢な価格帯。
マネーセミナーに参加してお金に関する正しい知識を得たことで、気持ちに余裕が出てきた莉子は、これまで敬遠していたネイルやエステ、高級グルメなども、予算を決めて無理せず楽しめている。
― 誰にも気を使わずに、好きなことにお金を使う。これこそ、おひとりさま女子の喜びよね!
鼻歌まじりにネイルを見つめていると、背後からかすかな笑い声が聞こえた気がした。
「…?」
不思議に思った莉子がそっとネイルから視線を上げて振り返ると、そこにあったのはまたしても矢野くんの姿だったのだ。
「矢野くん!」
「こんにちは、莉子さん。鼻歌なんて歌っちゃって、すっかり元気になりましたね」
からかうような矢野くんのセリフに、思わず頬が赤くなる。
「あ…ありがとう。矢野くんの教えてくれたセミナーのおかげで、最近は気持ちにゆとりが持てるようになったみたい」
そう答える莉子を優しく見つめながら、矢野くんは照れくさそうに微笑んだ。
「たしかに莉子さん、最近雰囲気変わりましたよね。余裕がある感じがします。それにしても、行くお店、よくかぶりますよね。好みが似てるのかな?」
「ね!こんなふうに偶然会えて嬉しいな。私はいつもおひとりさまだから、ちょっと恥ずかしいけど…」
自虐混じりの冗談で、お茶を濁したつもりだった。しかし、ふと視線を上げて矢野くんの表情を確認すると…。矢野くんは、真剣な眼差しで莉子を見つめていたのだ。
「莉子さん。もし良かったら、今度改めて食事にお誘いしてもいいですか?銀座に行ってみたい寿司屋があるんですけど、莉子さんと行きたいなと思って」
「え…私と?」