あらゆる生き方が肯定される街、東京。
恋や結婚に捉われず、“おひとりさま”の自由を満喫している女性も少なくない。
大手メーカーに勤める莉子(30歳)も、そんな女性のひとり。
“おひとりさま”を貫くために日々堅実に生きる莉子だったが、そんな彼女にも、ある日大きな不安が襲いかかり…!?
リスクを避け続けるオンナは、果たして幸せになれるのか?
モクモクとあたりに立ち込める煙。食欲をくすぐる香ばしい脂のにおい。
『焼肉』という文字がすすけた暖簾をかき分けて、顔を覗かせた店員が威勢のいい声でたずねる。
「お次のお客様、何名さまですか!?」
普通の女子ならたじろいでしまうようなシチュエーションだが、今年30歳になったばかりの莉子は、外食も旅行もひとりで行ける“おひとりさま”のプロ。
「ひとりです!」
臆せずそう答えると、自信満々に人差し指を1本立てるのだった。
◆
美味しくてコスパ良しと評判のこの焼肉屋で、1人客は莉子だけ。周りは男性のグループ客ばかりだ。
しかし「一生、”おひとりさま”として生きていく」と決めている莉子には、全くそんなことは気にならない。
― 業務量は増えているのに、お給料はなかなか上がらないんだもん。堅実にお金を貯めるには、コスパがいいお店で楽しむのが賢い選択よね。たまの贅沢は冬のボーナスまでお預け…。
そう考えながら、炭火の上のハラミをひっくり返したその時。莉子の耳にふと、後ろの席の男性グループの会話が飛び込んできた。
売り上げが低迷しているという特殊な製品の話題。明らかに、莉子と同じメーカーの社員だろう。
思わず耳を澄ますと、グループの男性の1人が情けない声を上げる。
「このままだと冬のボーナス、減額は確実だな。それも大幅に…。矢野~、俺はどうすればいいんだ……」
― えっ…?ボーナスが大幅減額…!?
聞き捨てならない内容に、莉子は居ても立ってもいられずそっと後ろを振り向く。
するとグループのうちのひとりと、バッチリ正面から目が合ってしまった。