高偏差値なオンナたち Vol.2

子どもについて、夫婦の話し合いを避け続けたら…。産婦人科のアラサー女医が妊活に積極的になれない理由

目の前の妊婦は、高校生かと思えるほどに若い。

沙絵は、PCのモニターに顔を近づけてカルテを覗き込む。

その年齢欄には“22歳”とあった。

― この妊婦さん、どれくらいの偏差値の学校だったのかな?年齢から考えれば、きっと大学も出ていないんじゃないかしら。それでも、偏差値70で医科歯科を出た私よりも、ずっとずっと幸せそうだわ…。

目の前の患者に対して、沙絵はついこう思ってしまう。決して褒められたことではないのは、自分でも百も承知だ。


沙絵は、群馬県にある公立トップの女子高を卒業した。

同じく医者で、地元で開業している両親からは、幼い頃から一貫したある要求をされ続けてきたのだ。

それは…、医者になること。そのために、とにかく偏差値を上げること。

そして、両親の要求に応え続け、現役で東京医科歯科大学に合格した。

その時の両親の喜ぶ様は、一生忘れられない。しかし、沙絵が悩むことなく人生を歩んでいけたのは、学生時代までだった。

偏差値や親からの要求など、他者による基準を頼りに人生を歩んできた沙絵は、いつの間にか“基準”や“レール”がないと、自分がどう生きていけばいいのかわからなくなってしまっていたのだ。

新しい命を宿して幸福そうな女性たち。

女性たちを診察しながら、心が揺らぐ自分。

そんな毎日を過ごす中で、沙絵は薄々気づき始めているのだった。

結婚に、出産に、女の人生に、偏差値もロールモデルも存在しないことを…。



沙絵は、研修医時代の先輩医師である祐樹と、昨年1月に結婚した。

引く手あまたでモテまくり、結婚相手を選び放題の男性医師たち。そんな彼らとは正反対に、女性医師たちの婚活市場価値は決して高くない。

年収も高い女性医師は晩婚化傾向が高く、未婚・離婚・結婚の割合がそれぞれ同じくらいいるというのが定説だ。

そのような状況で、沙絵の29歳での結婚は医学部同級生の中では早い方だと言える。

沙絵がこんなにも早く結婚した理由。

それは、近い将来に開業を考えている祐樹から「開業時には結婚して家庭を築いていたい」という強い希望を聞いたからだ。

沙絵の両親の医院は、沙絵の兄が継ぐことになっている。そのため、沙絵が群馬に戻る必要はなく、祐樹の開業に伴い自分も勤務地を変えることは可能だった。

しかし、結婚して新婚気分を味わっていた矢先…。

「私が次に進むべき道は…出産よね?」

こう考えはじめた沙絵に、急激な不安が襲ってきたのだ。

― 今までは、偏差値や目標の女性医師など、何かしら基準を持って生きてきたけれど…。これからどうしていけばいいのかしら?こんなに早く結婚して、まして20代で出産した女性医師なんて全然いないし…。

何も迷うことなく目標まっしぐらに生きてきた医学部までの自分。

そして、祐樹の強い希望という「他者の力」による結婚。

人生の岐路で流されるがままだった沙絵は、ここにきて人生で初めて「自分で決めなければならない」という状況に向き合わなければいけなくなっていた。

もちろん、医師という資格があるのだから、いつでも職に戻れるとポジティブにとらえて妊活することも可能だ。

しかし、現実はそうもいかない。

自分が産休・育休を取ることへの職場への影響を当然考えなければならないし、前から思い描いていたキャリアも歩みたいと考えている。

さらには、妊娠もしていないのに出産後を想像しては、「昔なら偏差値で学校を決められたけど、もう時代も変わっているし、正解がない中で一体どう子育てをしていけばいいのかしら…」などと考えてしまう。

思考はいつも、ぐるぐると無限ループに陥ってしまう。

結局、結婚して1年経っても妊娠出産に前向きになれず、沙絵はできるだけこの話題を夫婦の間でも避けようとしているのだった。

そう、あの祐樹の発言を聞くまでは…。

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