2021.08.27
絶食系女子 Vol.1彼女が男を拒絶してしまうワケ
「えええ!そんな優良物件からの告白、保留にしちゃうなんてもったいない!」
私が住んでいる北参道のマンションに、高校時代からの友人が遊びに来てくれた。手土産のチーズケーキを食べながら、私は肩をすくめる。
「だってまた『気持ち悪い』って思っちゃったら、どうすればいいのか…」
実は私、今まで男性とまともにお付き合いをした経験がない。
20代後半に差し掛かり、流石にマズイとは思っているが…。
手を繋いだり、キスをしたり、もちろんそれ以上のことだって、自分がちゃんと“できる”気がしないのだ。
「まあ、まぁ、大学時代のスミレのあの事件は、かなり笑ったけど」
「ちょっと、笑いごとじゃないんだってば」
忘れもしない大学2年生の夏。私に、初めての彼氏ができた。
私は、母子家庭だったうえに、小学校から高校までエスカレーター式の女子校に通っていた。だから、男性といえば学校の先生くらいとしか関わりがなかった。
弁護士をしている母は厳しくて、不純異性交遊なんてもってのほか。
年頃になると、仲の良いグループの友達は文化祭や地元のつながりで彼氏を作っていた。私も何度か男の子のいる場に誘われたことはあるが、当時は母に怒られるのが怖くて参加できなかった。
それでも、少女漫画やドラマに出てくる王子様のような男性に憧れはあり、共学の大学に行けば自分もこんな素敵な恋愛ができるのだと本気で思っていた。
そして、キラキラキャンパスライフを夢見て青山学院大学に入学。
学園祭実行委員のサークルで一緒になった彼に、告白された。端正な顔立ちに明るい茶髪がよく似合う、まさに王子様のような人だった。
“付き合う”ということがよくわからなかったけど、イケメンだし友達から背中を押されたこともあり、「私でよければ」と返事をした。
今思えば、人生初の男性からの告白に舞い上がりすぎていたかもしれない。
付き合ってから3回目のデートのとき、その事件は起きた。
8月中旬のとても暑い日だった。
「うちで一緒に映画を観よう」と初めて彼の部屋に招かれ、とてもドキドキしながら訪問したのを覚えている。
実家が裕福で、大学生ながら新宿のタワーマンションに住んでいた彼。豪奢なエントランスに、「本当に王子様のおうちみたい」とときめいていたのも束の間。
「スミレちゃん、こっちだよ~」
ラウンジスペースで待っていてくれた彼の姿に、私はぎょっとした。
― 何これ…。すっごい量の毛が生えてるの……!?
ダボっとしたタンクトップにハーフパンツといった服装で現れた彼。部屋着だろうから、ラフなのは当然だ。
でも、彼の美しい顔に似合わない量の毛が、ワキや脚にびっしりと生えていたのだ。
部屋に上がり、毛を見ないように意識をそらそうとするが、どうしても視界に入ってくる。
ずっと目を伏せ、口数の少なかった私のことを、照れていると思った彼は、私の肩を抱いて自分の胸元へと引き寄せた。
彼のフサフサなワキ毛が、私の肩口に触れた……。その瞬間!
― ちょっと無理、かも?……いや、やっぱり無理。絶対に無理!!
私は彼の腕から強引に逃れ「用事を思い出した」と雑なウソをついて、彼の部屋から飛び出したのだ。
それが、彼との最後のデートになった。
「あ~やっぱり何度聞いてもウケるわ、その話」
友人は私の出したアイスティーを飲みながら、ゲラゲラと笑っている。他人からすれば、笑い話なのかもしれないが、私にとっては深刻な問題だ。
「しかも、そのあと彼からめちゃめちゃ悪口言われて、サークルにも居づらくなっちゃって、本当にトラウマだよ。こんな私に恋愛なんて絶対ムリ…」
手で顔を覆い、ため息をつく。
その事件以来、私は、男性と仲良くなっても距離を縮めないように、無意識にガードしながら生きてきた。告白されても、私のこの厄介な性格を知ったらきっと幻滅してしまうだろうと思い、断ってきた。
コロナ禍の東京。出会いの機会が減ってひそかに安堵していたのに…。まさか、佐伯さんから告白されるなんて思ってもみなかった。
友人は私の背中をよしよしとさすりながら、「でも」と明るい声で言った。
「あの頃はまだ若かったし、男性に対して全く免疫がなかったから仕方ないよ。今は、もうちょっと寛容になってるんじゃない?」
「そうかな…」
「それにスミレは可愛いからモテるけど、告白されてこんなにちゃんと悩んでるの初めて見たよ。結構好きになってるんじゃないの?」
確かに、佐伯さんは今までの男性と違う気がする。
先輩だが、“男友達”とも言える存在で、これまで色々なことを打ち明けてきた。
恋愛に臆病で、男性と関わった経験が少ないと相談したときも「朝倉さんはそのままでいいと思う」と肯定してくれた。
「彼となら、大丈夫かもしれない……。私、頑張ってみようかな…!」
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