親友の美穂は、昨年結婚したばかり。彼女も昨年は婚活をしていたが、スピード婚だった。
『運やタイミングもあると思うけど、初対面の男性に会う機会が多いから、ファッションとかメイクもかなり研究したよ。第一印象って大事だし』
麻里奈はショーウィンドウに映る自分の姿を、まじまじと見つめる。
― ファッションやメイクかあ…。
その瞬間、手に持ったスマホの画面に、ポップアップが浮き上がる。それは、マッチングアプリにメッセージが届いた知らせだった。
6月13日(誕生日まで約3週間):マッチングアプリで知り合った男性と、ドキドキの初対面…
麻里奈は、自宅のクローゼットの前で頭を抱えていた。
今日の午後は、アプリでマッチングした男性とお茶をすることになっている。彼の名前は、賢治。34歳で、丸の内の金融機関に勤めているらしい。
「何を着ていったらいいんだろう…?」
先日美穂が言っていた「ファッションやメイクを変えてみたら?」という言葉が頭をよぎる。
以前はモテや万人受けを気にしすぎて、とにかく可愛い系のスタイルに偏りがちだった。しかし…。
「婚活では、清潔感やきちんとしている印象が大事かも…?よし、決めた!」
◆
「初めまして、賢治です」
「麻里奈です。よろしくお願いします」
待ち合わせをした大手町のホテルのラウンジ。そこに現れた賢治は、性格も穏やかで、誠実そうな男だった。まさに結婚相手向き、という感じのタイプだ。
「麻里奈さん、写真以上に素敵な方ですね」
ストレートな誉め言葉に照れてしまうが、どうやら第一印象は合格のようだ。悩んだ甲斐あって、洋服選びが正解だったのかもしれない。
その後も和やかな雰囲気の中お茶を終え、賢治と別れた。「また会いたいです」というメッセージが来たのは、帰りの山手線の中。
― まだ別れて15分もたってないのに、さっそく!?これは順調かも。
純粋に嬉しかったが、その反面、心の中にある引っかかりが生じていた。
― 全然、ドキドキしない…。
でも本気で結婚したいなら、賢治のようなタイプがベストのはず。麻里奈は、必死で自分にそう言い聞かせるのだった。
6月21日(誕生日まであと2週間):久々の出社で、お気に入りの彼とバッタリ…
最近はリモートワーク続きだったが、その日は久々に出社することになった。
オフィスでPCに向かっていた麻里奈が、不意に顔をあげた瞬間、息が止まりそうになる。
目に飛び込んできたのは、同期の信吾の姿だったのだ。
「おお、麻里奈も今日出社だったんだ」
そう言って軽く手をあげる信吾は、久しぶりに見てもやっぱりカッコいい。麻里奈はドキドキしているのを悟られないよう、平静を装って尋ねる。
「信吾、おつかれさま。…今日、久々にランチでもどう?」
「いいね!」
― 自然なかたちで誘えた!やったぁ…!
麻里奈は心の中でガッツポーズをとった。
ランチの場所は、会社近くのイタリアン。オーダーを終えると、信吾がじっと麻里奈を見ているのに気づく。
― えっ何…。なんか見つめられてる…?
心臓がどきんと跳ねる。信吾は首をかしげて、こう言った。
「麻里奈、久々に会ったらなんか雰囲気変わった?今日のファッションとか、いいね」
「えっ、ホント?」
何気なく言った言葉かもしれないが、喜ばずにはいられない。
実は、会社で信吾にバッタリ会う可能性も考えて、ファッションにも気合を入れていたのだ。今までの可愛い系のスタイルではなく、彼が好きな“飾りすぎないナチュラル美人”をイメージして服を選んでみた。
「…嬉しい。コレね、『index』っていうブランドの服だよ」
「へえ、すっごく似合ってるよ」
胸の高鳴りは、最高潮に達していた。
― だけどやっぱり…。
信吾と久々に話して痛感したのは、あくまで“仲良し同期”の関係から抜け出せないということ。
仕事の合間のランチだったから、ということもあるかもしれないけれど、信吾の話し方や目つきを見ていても、自分は女としては全く意識されていない気がする。
麻里奈は、がっくりと肩を落とした。
先日お茶をした賢治からメッセージが届いたのは、その日の午後のことだ。
『またお会いしたいのですが、いつがご都合よろしいですか?』
― 賢治さん…。ありがたいけれど…。
返信しようとするが、なんとなく気乗りしない。だが、気付けば誕生日はあと2週間に迫っていた。