生きているだけで流れていくお金
「彩未、引っ越さなくて本当に平気なのか?」
別れ際、元カレの悠馬からそう言われたときに、引っ越しだけは頑なに拒否した。
「うん、この家が好きだから。しばらくは自分でも払えそうだし」
「そうか。彩未なら、すぐにいい人が見つかるよ」
麻布十番民は地元愛が強い。一度住んだらほぼ麻布十番で用事が住んでしまうと気づく。いい意味で閉塞感がある街だ。
だから自粛期間中、麻布十番の商店街の人通りは逆に増えていた。スーパーなどの買い出しや近所の散歩に出かける人たちが多くいたからだ。
私もこの街が好きで引越しもせずに半年間暮らしていたが、近頃出会いは減り、悠馬のようにポンッと家賃を支払ってくれる男性は未だに見つかっていない。
「ヤバイ…どうしよう…」
焦りながら自分の生活を思い返してみるが、そこまで贅沢をした記憶はない。でも先日引き落とされていたカードの明細書を見て、腰が抜けそうになった。
普段はできないと思って始めたダウンタイムが必要な美容医療に15万、Uber Eatsなど無意識の出費が約5万。オンライン系のレッスンが月額1万。ヘアサロン2万、ネイル1万。どこへも出かけないのに、先日展示会でオーダーした洋服の支払いのツケが約10万…。
しまいには、セールになっていた靴を15万で購入している。
そして一番怖いのは、それほどお金を使っている自覚がなかったことだ。
悠馬と交際した結果、私の金銭感覚はバカになっていた。
—翌日—
頭を抱えながら商店街のスタバに入ろうとすると、急に声をかけられた。
「あれ、彩未?」
「ゆかり!偶然だね」
ゆかりは1年前までよく遊んでいたが、そういえば自粛期間に入ってから連絡すら取っていなかった気がする。
「彩未、そういえば、別れたんだって?」
悠馬が私と別れた理由は、なんとくわかっていた。既婚者である悠馬は、コロナ以前のように飲んだ帰りにうちに寄る…なんてことができなくなった。
遅くまで開いている店もないし、言い訳ができないので家を抜け出しにくくなり、会う時間が減っていた。そうなると、彼からすると私はただの金食い虫でしかない。
「でも悠馬さんの会社、結構厳しいみたいだからよかったじゃない。よければ今度ホムパでもしようよ、知り合いにも声かけておくから。彩未みたいな子はちょうどいいから、メンズたちも喜ぶし」
— ちょうど、いい…。
「彩未は安心できるから、誘うんだよ♡って、その靴可愛いね」
— 安心できる?
「ありがとう!ゆかりの靴も可愛いね。新作?」
どうしてだろう。話しているうちに、どんどん虚しくなっていく。
ゆかりと1対1で会ったことはない。それどころか、食事会などの男性がいる場でしか会ったことがない。
ゆかりからすると、適度に若くて見栄えもよい、私のような害のない女子が必要なのだろう。ゆかりの狙っている男性に手も出さないし、口も堅い。
だから安心できる、使い勝手の良い女トモダチ。
でもそういう私も、ゆかり自身ではなく、彼女の周囲にいる男性を見ていた。
飲み会に呼ばれたらホイホイ顔を出していたし、誰かいい人がいそうだから、付き合っていた。東京でいい暮らしをさせてくれそうな男性を見つける、ツテ…。
「また連絡するね〜」
ハイブランドのショートブーツのヒールをカツカツと鳴らしながら、颯爽と去っていくゆかり。
その音が、虚しく響きわたる。
表面的なところだけしか繋がっていない、私とゆかり。それを表すかのような、乾いた音だった。
この記事へのコメント
気付けたなら良かったけど、そう簡単に浪費の癖直せるのかな...