その日の夜。
佐伯と仁美、そして数名の同僚女子で、大阪・北新地の街に繰り出した。東京在住の佐伯は大阪のお店にも詳しくて、紳士的に振る舞う彼にさらにドキドキしてしまう。
そんな佐伯と急激に距離が縮まったのは、二軒目に訪れたバーでのことだった。
周囲の女子に気圧されて、一次会では佐伯とほとんど話せなかった仁美。そんな自分を気遣ってか、バーでは佐伯が仁美の隣に座ってきてくれたのだ。
「夏川さん、せっかく仕事の相談をしたいって誘ってくれたのに、全然話せなくってごめんね?」
薄暗いバーとはいえ、至近距離で佐伯に顔を覗き込まれ、仁美は緊張のあまり押し黙ってしまう。
オシャレな間接照明のおかげで、照れて赤い顔をしていることが彼にバレていなさそうなことが、せめてもの救いだと仁美は思った。
ひと通り仕事の話を終えた後、仁美はずっと気になっていた疑問を口にした。
「…そういえば佐伯さん。どうして私の名前だけ、ご存じだったんですか?」
大勢いる社員の中で、自分の名前だけを覚えていたことが、不思議でならなかったのだ。
「いや。以前の研修から、夏川さんとは本当によく目が合うなって思ってて。…正直、俺のタイプだったから気になって名簿見たんだよね」
…そう言って佐伯にジッと見つめられた瞬間、「もう逃げられない」と仁美は悟ったのだった。
◆
仁美は、佐伯が帰った後の寝室でひとり、物思いにふける。
あの後、終電間近になって佐伯はホテルに戻ろうとしたが、仁美が「もう少し飲みたい」とこっそりお願いし、自宅に誘い込んだのだった。
昨日の食事でも、家に誘い込んでからも、自分のことを“アリ”だと思ってくれていたと思う。
佐伯だってそう捉えられてもおかしくない発言や行動をしていた。それなのに朝になって急に、その雰囲気が佐伯から消えていたのだ。
―やっぱり展開が早すぎたよね。それより実は彼女がいたりして。
仁美は頭の中でグルグルと考え、ひとりで勝手に落ち込む。そのとき、佐伯が帰り際に発した言葉をふと思い出した。
「まあでも、なるべく会えるようにするよ。仁美ちゃんすっごく綺麗だしね」
こういうタイプの男性は、ハマるとヤバいということは仁美も自覚している。
だけど佐伯と一晩を過ごして、もっともっと彼のことが好きになってしまったのだ。
「ここからもっとがんばって、彼に見合う女になろう…!」
そう自身に言い聞かせた仁美は、心の奥でひっそりと、佐伯への片思いを続ける決意をしていた。
…だが、数日後。仁美は重大なことに気付いてしまったのだ。
それは、佐伯のプライベートな連絡先を一切教えてもらえていなかったということ。普段は社用アドレスで事が足りていたから、そのことに気付くまで時間がかかってしまった。
しかもそれに気付いたのは、佐伯が東京本社に戻ってしまってから。
もしかして本当に「もう次はない」と思われていたのだろうか。そう考えると、仁美の中には急激に焦りが出てきた。
―佐伯さん、次はいつ大阪に来るんだろう?
このままでは本当に“一晩だけの関係”で終わってしまう。…そんなのは、絶対にイヤだ。
なんとしても佐伯とコンタクトを取りたいと思った仁美は、彼の社用アドレスにメールを送ってしまった。
パッと見ただけでは内容が分からないように、メールのはじめはビジネスライクな文章にしてカモフラージュさせて。
それなのに1週間経っても、佐伯から連絡が返ってくることはなかったのだった。
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メールが返ってこなくて不安になった仁美が、とった行動とは…?
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