いつの間にか日が落ちて、夏の夜のきらきらとした東京湾を臨む夜景が眼下に広がっていた。
「じゃ、改めまして乾杯」
美しい景色とともに味わう、冷たいカクテルの風味が心地よい。
稔に話しかけられ、そのまま一緒に飲む流れになったが、彩香は救われたような気分だった。元カレとの思い出に浸りたいわけでもなかったし、お見合いのモヤモヤから抜け出したかったから。
自己紹介もかねて、お互いの仕事の話や趣味の話など、たわいもない話を一通りする。
稔は、ガツガツした肉食系男子という感じではなかった。特に口説く様子も見せず、あくまで自然体だった。そのスタンスが心地よく彩香も変に気取ることなく話すことができた。
気づけば、元カレと別れて結婚相談所に登録した話や、今日もお見合い帰りなことまで話していた。もしかしたら、二度と会うことがないと思う相手だからこそ素直に話せたのかもしれない。
「こんなに素直に、自分の気持ちを話したの久しぶりかも…。稔さんが知らない人だからこそ話せるのかもなぁ。よく知ってる人だとどうしても自分をよく見せようとしたりしちゃうし…」
「実は僕も…」と言って稔も真剣な表情で話し始めた。
「自粛期間とかあって、改めて人に直接会えることってすごく貴重だなって思ったんですよね」
そう言いながら、彼はジントニックを口にする。
「たまたま同じ場所、同じ時間に居合わせて、しかも話してみたいと思える相手に出会えるって、奇跡みたいなことだなって思って。だから実はさっき、そう思いながら近づいたらぶつかっちゃったんです…」
照れ笑いしながら告白してくる稔をみて決して悪い気はしなかった。
確かに、こんなにお見合いを繰り返しても、いいなと思える人には出会えてないのに。こうして、出会ってすぐに打ち解けられる人もいる。
変なプライドは捨てて、自分の気持ちに素直に行動すればいいのかもしれない。
◆
ちょうどよいタイミングで会計を済ませエレベーターに乗り込み地上まで降りた。
「今日はすっごく楽しかった。ありがとう!」
さっき、地上にいたときは、お見合いに疲弊していたし、元カレとの思い出の場所で少しセンチメンタルになっていたが、今はすっかり気持ちが楽になっている自分に気がついた。
人との出会いって不思議だ。
「駅まで送ります」
「…ありがとうございます。でも私、虎ノ門ヒルズ駅なので…ここで大丈夫です」
「じゃあ、ここで!」
彼は片手を上げてさよならの挨拶をしてきた。じゃ、と言って後ろを振り向こうとした時彼が口を開いた。
「あの、よかったら連絡先教えてもらえますか?」
彩香はニコリと微笑みながら「はい!」と返事をする。
まだまだ賑わう東京の街を、駅に向かって歩く足取りは軽やかだった。
思い出の場所が、新しい出会いによって上書き保存された日になった。
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▶NEXT:8月19日 水曜更新予定
丸の内リゴレットでの忘れられない出会い
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この記事へのコメント
40も見えてきて一生独身だろうなーと思ってたのですが、人生って不思議なもんです。
このシリーズ、楽しみだなー。