それは、半年前のこと。
ゴルフスクールで出会った弁護士と2年付き合った挙げ句「君にはついていけないから、結婚できない」とフラれた。
それ以降、すっかり自信を喪失してしまったのだ。
失恋の傷は想像以上に深く、次の恋なんて考えられなかった。
だから、恋愛はもう卒業して、結婚に向けて安定した付き合いができる相手を求め結婚相談所に入会した。
しかし、こうして実際お見合いを繰り返していると、ときめきを求めてしまう自分がいることに気づく。
「じゃ、またぜひ!」
お決まりの挨拶を交わし、お見合いを切り上げた。
◆
ーはぁ……。疲れた…。
化粧室でメイクを直しながら、彩香はため息を吐いた。
今日のために新調したラベンダー色のワンピースを纏った自分が虚しく鏡に映る。
そもそも虎ノ門ヒルズは、彩香にとって思い出深い場所だった。弁護士の元カレと52階の『ROOFTOP BAR』でデートした帰りに付き合うことになったから。
その後も彼の職場に近いという理由で、仕事帰りに一緒にいくこともあった。だから否応なしに、彼のことを思い出し感傷的になってしまう場所なのだ。
時刻はまだ19時前。
このまま家に帰りたくなかった彩香は、無意識のうちに52階の『ROOFTOP BAR』に向かっていた。
別に飲みたかったわけじゃない、なんとなく覗いてみたかったのだ。思い出の場所を訪れて自分の気持ちを整理したかったのかもしれない。
「1名なので、テラスのスタンディング席でお願いします」
ちょっと覗くだけ…そう思っていたのに、スタッフに話しかけられ中に足を踏み入れていた。
1人でバーに入ったことなんて今まで一度もなかったが、この時間のルーフトップバーは意外と平気だ。
暑くなってきたけど、東京の夜風は心地いい。
1人で見るのには惜しい夜景と、桃を使ったフレッシュなカクテルをカメラに収めていたその時…。後ろにいた男性とぶつかってしまった。
「あっ、すみません」
彩香が顔を上げるとそこには背が高くて細身のスーツを着こなした優しそうな雰囲気の男性が立っていた。
「いえいえ、大丈夫です。それよりドリンクこぼれなかったですか?」
そして彼は自然な調子で、こう続けた。
「あの、お1人ですか?」
「そうなんです、バーで1人で飲むなんて初めてなんですけどね…。今日たまたまここで用事があって」
彼の名は“稔(みのる)”。近くの大手広告代理店に勤めている32歳だと自己紹介してきた。彩香の知っている自信満々の代理店男たちとは違い少し可愛らしく見える。
この記事へのコメント
40も見えてきて一生独身だろうなーと思ってたのですが、人生って不思議なもんです。
このシリーズ、楽しみだなー。