夏の恋 Vol.2

「自粛生活が明け、本当に愛している女が誰か気づいた…」女性を傷つけた男が、受けた報いとは

「え…?」

小さな声が漏れたのと同時に、2人の間を生ぬるい風が通り抜けた。

詩絵は、乱れた前髪をおもむろに手ぐしでなで付ける。その時、深まる夕暮れの中で、彼女の左手の薬指が、小さな火花のようにチラッと瞬いた。

幸成は、その意味を瞬時に理解した。

だが動揺する心を抑えつつ、なるべく普通の声色を心がけながら問いかける。

「結婚、するんだ?」

詩絵は、恥ずかしそうにコクリとうなずくと、「ね。ちょっと一緒に歩きませんか?」と幸成を促し、ゆっくりと大階段を登り始めた。

「幸成さんと別れてから、しばらくして紹介してもらった人なんですけど…」

「…それで、付き合い始めてからすぐに自粛生活になって…」

「…同棲より、いっそ結婚しよう!って、彼が…」

階段を一段一段登りながら繰り出される、トントン拍子に進む婚約者とのラブストーリー。幸成にとっては、耳を塞ぎたくなるような内容ばかりだ。

―せっかく、こうしてまた会えたのに?あれからまだ1年しか経ってないのに、結婚するなんて嘘だろ?

心の中で葛藤しながら、どうにか相槌を打ち続ける。

しかし、詩絵が最後に放った言葉だけは、無視できないほどに幸成の胸を痛めつけた。

「自分でも信じられない。幸成さんには結局好きになってもらえなかったけど、こんな私でもいいって人もいたんですよ」

「そんなこと…!」

気がつけば、強い響きでそう言い放っていた。その声に、詩絵は戸惑ったように幸成を見つめる。

詩絵のいぶかしげな視線に射抜かれて、幸成は深呼吸をして考え込んだ。

―確かにあの頃は、仕事が忙しすぎて恋愛は二の次だった。詩絵を大切にできなかった。でも、こうして自分にとって何が大切なのかを見つめなおせた今。今ならきっと。今度こそ…

そうしてついに覚悟を決めると、真正面から詩絵の瞳を覗き込む。

―言うんだ。もう一度、やりなおしたい。今度こそ、大切にしたいって。

高鳴る鼓動が、幸成を後押しする。そして、ついに「もう一度…」と言いかけた、その時。

「パーン!」

と、弾けるような鮮烈な音が、幸成の言葉をかき消した。


予期せぬ音にギョッとして、幸成と詩絵は、音の方角に目を向けた。

いつの間にか大階段を登りきっていた2人の前には、中央広場が広がっている。その片隅で大学生らしきカップルが、子供のようにはしゃぎながら手持ち花火を始めていたのだ。

笑い声と共にあたりに振りまかれる、極彩色の光のシャワー。

その魔法のような輝きは、幸成と詩絵の汗ばんだ肌を目まぐるしく染め上げては消えていく。

「わぁ、きれい…」

たった今、幸成の言葉の続きを待っていたはずの詩絵の興味は、すっかりその魔法に奪われていた。

色とりどりの光に照らされた、詩絵の美しい横顔。

まるで少女のようなその瞳を見て、幸成の喉元まで出かかっていた決意の言葉は、急速に行き場を失ってしまった。

そして、代わりに胸に浮かび上がってきたのは…。

去年の夏の夜、詩絵との恋が終わってしまう原因となった、決定的な出来事についての思い出だった。

この記事へのコメント

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No Name
仕事が暇になって単に昔を懐かしんでるだけ。
ここで戻ったとしても、また仕事が忙しくなったら同じことを繰り返すだけしゃないかな。
俺大好き人間の典型的パターンかと。
2020/07/01 05:3599+返信1件
No Name
花火大会のために浴衣着た状態でドタキャンされ、1人で鑑賞するのはさすがにキツイな…
2020/07/01 05:3899+返信3件
No Name
「もう一度」は棚に上げて何言ってんの?だけど、「あの時はゴメン」「好きでした」は伝えるべき言葉じゃないの?
後悔しても自己中は変わらないのね
2020/07/01 05:2799+返信7件
No Name
だいぶ切ない風に描かれてるけど、男がだいぶ自己中だっただけかと。。
2020/07/01 06:3871返信2件
No Name
ドタキャンした挙句、その後彼女を家に呼び出す…一体どんな神経の持ち主?
2020/07/01 07:4159返信1件
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