彼女のウラ世界 Vol.5

「あなたに話があるの」5年振りに再会した女から突然の連絡。彼女が伝えたかったこと

何事もなかったように食事に誘う香澄の腕を、敏郎は思わず振り払った。

「そんな気分じゃない」

「愚痴ならつき合うよ。私、今日敏郎さんに話があって呼び出したの」

「…また今度にして」

目を合わせない敏郎に、香澄もすぐ諦めることにした。

「そ。じゃあ、また今度」

そう言うと香澄は敏郎に背を向けて、街の中へと消えていく。あまりにも簡単に引き下がった彼女に多少の寂しさを感じながらも、敏郎もまた、まっすぐ駅の方面へ吸い込まれて行った。


久しぶりに乗車した東西線には、仕事帰りの会社員や学生の姿がちらほらあった。

車内の乗客をぼんやり眺めながらも、敏郎の頭の中には『神楽坂 石かわ』の店内と、そこで食事を楽しんでいた客の残像がある。

彼らのすべてが上品な身なりであり、世間的な立場も自分と同等か、それ以上の層であることを思わせた。

敏郎は、明子が店にいなかったということより、彼女がその店を訪れている客のひとりであるという事実がショックだったのだ。

しかも、恐らく自分の知らない誰かと一緒に出掛けている。

―ほかに男ができていたのだろうか…。インスタの華やかな生活は、その男に影響されたのだろうか。

最悪の仮説が浮かんだところで、スマホが揺れる。

香澄からのメッセージだった。

暗い顔で帰った敏郎への気遣いの言葉と、現在、神楽坂の小料理店に入ってひとりで呑んでいるという報告がそこにあった。

「寂しいヤツ…」

思わず、小さな声でつぶやく。敏郎自身も人のことは言えないが。

そしてふと、香澄が別れ際に発していた言葉を思い出した。

「私、今日敏郎さんに話があって呼び出したの」

敏郎が多忙なことなど彼女はわかっているはずなのに、突然その日に呼び出してくるなんて、よっぽどの話なのではないか。

再会して間もないのにグイグイ距離感を詰めてきている香澄の様子からして、敏郎はある予感をふと抱く。

―“面倒くさいこと”になったら嫌だなあ…。せっかく、気楽な友人になれたと思ったのに。

まいったなと頭をかきながら、敏郎は暗い部屋に帰宅した。



数日後、敏郎はとあるwebのニュース媒体から取材に呼ばれた。

少し前にプレスリリースが出された、ハリウッドと日本のテレビ局が共同出資するオムニバス映画の件で、インタビューをするらしい。

「名前は知らない媒体だけど、いい目の付け所だよな」

広報部からの取材対応依頼メールを見ながら、敏郎は感心する。敏郎も製作陣のひとりとして、この企画に参加する予定なのだ。

ちなみにハリウッド側の製作陣には、尊敬する映像作家・アンドリュー=ロペスも名を連ねており、敏郎が今いちばん意気込んでいる企画と言っても過言ではない。

「よろしくお願いします。今回の取材を担当させていただくものです」

「制作局の村西です。今回の企画では演出を担当する予定ですが…」

取材場所の応接室に入り、名刺を交換しながら自己紹介していると、敏郎はライターの名前に目が留まった。

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